多岐にわたる八甲田怪談
悲惨な遭難事件だが、このときの犠牲者の霊がいまだに彷徨い続けているという噂が囁かれている。
たとえば「深夜に現地を訪れると真夏にもかかわらず震えるほど寒くなる」「急に肩が重くなり体調が悪くなった」というようなソフトなものから、「雪を踏み鳴らすようなザクザクという行進の音が聞こえる」「軍服を着た男たちが歩いていく姿を見た」といった具体性を帯びたものまである。
さらに、「兵士に道を尋ねられる」というパターンもあるらしく、そのバリエーションの豊かさはこの地が確かに心霊スポットであるということなのだろう。
また、実話怪談の金字塔である『新耳袋 現代百物語〈第四夜〉』(木原浩勝・中山市朗/メディアファクトリー/1999年3月刊)にも、八甲田に深夜のドライブへ向かった若者たちが山中で行軍の足音を聞き、軍服の男たちに車を囲まれた、というあらすじの体験談が収録されている。
(同逸話はYouTube上で著者本人が語っている 参照: https://youtu.be/kdYTDH0xodE )
さらに興味深いのが、平成初期の怪談ブームより以前から現地に心霊体験談の記録があることだ。
今からおよそ半世紀前に刊行された書籍『青森県の怪談』(北彰介編/津軽書房/1973年刊)にも、「雪中行軍の幽霊」という題名で収められており、「そのような事件があってまもなく、兵営の歩哨(=見張り:著者注)は深夜の吹雪の夜には、遠くの方から大勢の、寒い、寒いという声と共に『歩調とれ、かしらー右』と云って入ってくる一団の軍靴の音をきいたという。」とある。
(復刻改訂版:https://www.aomoritosyo.co.jp/shop/kyoudo/704/9999210708/ )
よくある肝試し系の怪談も多いが、この“帰ってくる系”の怪談が妙にリアルな手触りがあり、同地が青森随一の心霊スポットであることを実感させられる。