まるで地獄の死者の咆哮
結局、そのまま私はタープの外側で寝てしまっていた。それだけならよいが、寝ている間に天候が急変したらしく、気がついた頃には雨で身体じゅうがびしょ濡れになっていたのだ。寝るときに防寒も兼ねて登山用の雨具を着用していたことが仇になった。
水分がすぐには染み込んでこないため、雨に濡れても全身がひどく浸水するまで気がつかないのだ。防寒のため雨具のフードを被ったまま横向きになっていたのも裏目に出た。顔に雨粒が当たっていれば、すぐに起きたかもしれないのに。
気がつけば辺りには突風が吹き荒れ、寝る前に見上げた優しく揺れる梢が、化け物がヘッドバンギングしているように大暴れしている。どんどん風雨も激しくなっていき、たまに一帯が白い光に包まれたかと思うと、次の瞬間に雷鳴が響き渡る。まるで地獄の死者の咆哮だ。
そんな大嵐ともいうべき状況のなか、雨ざらしで寝転がっているなんてもちろん普通の状況ではない。当然すぐにタープの下へ入りこんで、少なくとも雨に濡れないようにしなければならない。だが私は――冒頭で述べた通り、動くことができなかったのだ。
タープを背にして寝転がっていた私は、声を上げてタープで寝ているであろう、ほかの隊員に助けを求めようとした。しかし、「……ぉ」みたいな掠れた空気音が出るのみで、思うように声が出せない。よく金縛り中には声が出せなくなる怪談を耳にするが、どうやら本当だったらしい。
事態はなんら好転せず、すでに足の爪先は冷たさを通り越して感覚がない。手の指もそろそろ同じような状況になりつつある。ああ、もう少しで内臓まで冷えたら低体温症患者の出来上がりだ、そのまま数時間もすれば死ぬな……そんな諦めが入った絶望が鎌首をもたげてきたとき――
「先輩⁉」
唐突に背中から声をかけられた。と同時に、身体の感覚が瞬時に戻ったのがわかった。動かせる。よかった。
どうやらタープ側にいた隊員のひとり・滝川くんが起きていて気づいてくれたらしい。あとで聞いたところによると、彼はこの豪雨のなか、心霊写真が撮れないかと沢へ向けてシャッターを切り続けていたそうで、ひと通り撮り終えて振り向いたところで、タープの外で濡れ鼠になっている私に気がついたのだとか。
あわや凍死寸前だったところ、間一髪助かった。改めて痛感したのは、ここが青森第五連隊の将兵たちが疲労と風雪のため多数凍死している場所だったこと。そこで金縛りに遭い、凍死一歩手前までいざなわれたことは、単なる偶然なのだろうか……。
文/成瀬魚交 撮影/滝川大貴