5人のヤクルト歴代優勝監督

長年にわたって東京ヤクルトスワローズの「応燕」を続けているということは、本書において何度も触れてきた。

前身の国鉄スワローズが誕生したのが1950(昭和25)年のことだ。
その後、サンケイスワローズ、サンケイアトムズ、アトムズ、ヤクルトアトムズ、そしてヤクルトスワローズと変遷し、古田敦也監督時代の2006(平成18)年からは「東京」が冠せられ、現在の東京ヤクルトスワローズとなった。これまでこのチームはリーグ優勝9回、日本一には6回輝いている。歴代優勝監督は次の通りだ。

広岡達朗(☆1978年)
野村克也(1992、☆1993、☆1995、☆1997年)
若松勉 (☆2001年)
真中満 (2015年)
髙津臣吾(☆2021、2022年)
※☆は日本一

広岡監督が神宮の夜空を舞ったのは、私が8歳の頃のことだった。この頃はまだ野球に興味も関心も持っていなかったけれど、優勝翌日のサンケイスポーツ1面をモチーフにした下敷をヤクルトレディ(当時は《ヤクルトおばさん》と呼ばれていた)からもらって、しばらくの間使っていたことを記憶している。

その後の野村、若松、真中、そして髙津監督の胴上げシーンはすべて現地観戦し、この目で目撃している。それぞれ、大学時代、会社員時代、フリーランスライター時代であり、たまたま私の20代、30代、40代、50代と重なっている。

再開発問題で揺れる神宮球場(撮影:佐藤創紀/朝日新聞出版写真映像部)
再開発問題で揺れる神宮球場(撮影:佐藤創紀/朝日新聞出版写真映像部)
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私が10代だった80年代はまったく勝てず、初めてファンクラブに入会した80年に2位になって以降はずっとBクラスで、「弱い、弱い」と思っていたけれど、その後は実に8回もリーグ優勝を経験しているのだから、実は意外と強いのかもしれない。

野村監督が初めて神宮で胴上げされたのは93年のセ・リーグ優勝試合だ。その前年は甲子園球場でリーグ制覇を果たし、日本シリーズでは西武ライオンズに敗れたため、本拠地である神宮球場での胴上げはこのときが初めてだった。

5人の歴代優勝監督が、初めて神宮球場で胴上げされた日時は次の通りだ。

広岡達朗……78年10月4日(セ・リーグ優勝決定)
野村克也……93年10月15日(セ・リーグ優勝決定)
若松勉 ……01年10月25日(日本一決定)
真中満 ……15年10月2日(セ・リーグ優勝決定)
髙津臣吾……22年9月25日(セ・リーグ優勝決定)

繰り返しになるけれど、広岡監督以外は、すべてこの目で見届けている。私にとって、唯一、この目で観戦していない優勝の瞬間、それが広岡達朗の胴上げなのである。