45歳の日本人義勇兵がウクライナに辿りつくまで

東北地方で生まれ育ったケンさんは高校卒業後、静岡県・伊豆のホテルに就職する。

「当時、付き合っていた彼女がホテルの仲居さんとして就職がきまったので、私も履歴書を送付したら採用となり、調理場に配属されて板前として働きました。」

訥々とした口調で話すケンさん
訥々とした口調で話すケンさん

その後、彼女との関係が破局してしまい彼女が仕事も辞めてしまったので、職場での居心地が悪くなり転職を考えていたところ、同僚から長野のホテルを紹介され、伊豆のホテルを退職し、長野へ移り住むことに。

「長期休暇中、地元に帰省したんですが、実家の近くのサウナでたまたま居合わせた人が出版社で働いていて“教材販売の営業をやらないか?”と聞いてきました。“怪しいな”と思いつつも、後日面接を受けたら次長に気に入られ採用されたんです。そして、長野のホテルを退職した後、そのホテルで仲良くなったカナダ人と2ヶ月ほどカナダを旅してから、その出版社の東北にある支社で営業職をしてました。」

彼のコミュニケーション能力が高い理由が理解できた。また一見、純朴そうで愛されキャラのケンさんから教材を勧められたら多くの人は簡単には断れないだろう。

約5年間、営業として順調に働いていたが、東日本大震災の影響で支社が閉鎖になったことで再び職を失ってしまった。新たに職を探して上京したケンさんは、東京で通訳を企業に紹介をするコーディネーターの仕事に就き、忙しく充実した日々を過ごしていた。

3年半前に結婚し、息子が産まれ、順風満帆の人生だった。しかし昨年の12月に離婚してしまい、独り身になったことで可愛い盛りの息子にも思うように会えず、仕事にも専念できなくなり、空虚感に苛まれたというケンさん。それと同時に、結婚当時からずっと心の奥底で燻っていた戦火のウクライナに行きたいという気持ちが強まっていった。唯一の心残りは日本を出てしまったら3歳になる息子に会えなくなるということだ。

誰もいない部屋でケンさんは毎日、思い悩んだという。