選定登山の思い出
――実際に登られて、印象的だったことは?
飯出 そうですねぇ。一言でいうと、よく登り切れたなぁ、というのが一番の感慨ですね。
私、達成までに3度の大病をしてるんです。最初は2011年の悪性リンパ腫。抗がん剤治療で大きなダメージを受けて、ほぼ3年間は帰宅時の30分かかる坂道を上るのも休み休みといった状態でした。2014年にハイキング本の改訂で低山ハイキングをしたのがリハビリとなり、2015年に羅臼岳と槍ヶ岳、武尊山に登ることができたんです。これで、なんとか登山が続けられるかなとは思いましたが、このときはまだ日本百名山に挑む気などさらさらなかった。2016年に白山に登るまでは。あとは、先ほど言った流れになるんですけど。
2018年から選定登山にとりかかったのですが、やはり厳しかったのは新型コロナの感染拡大、そして2020年4月に発せられた緊急事態宣言でしたね。以降、2021年の選定登山完結まで、ずっとコロナ禍の登山ということで、それが一番印象に残っていますね。結果的に、外出自粛要請に応じませんでしたから(笑)。その年には登れても、翌年に登る気力・体力があるという保証はなく、必死でした。「自粛警察」や「同調圧力」を感じた日々でした。
そんな中、一番印象に残っているのは、東北の山のブナ林の美しさですね。この山々が原発事故で放射能汚染されたり、されそうになったかと思うと、怒りがこみあげてきたものです。そうそう、秋田駒ヶ岳に登ったときに、偶然、悪性リンパ腫と闘いつつ全国を旅して山に登り続けているという人と一緒になりました。持ち家を売り払い、車中泊ができるように改良した車でたった一人で全国を旅しているというこの人に出会ったことが、一番強烈な思い出として残っています。