少数与党の反動が生んだ“高市旋風”

終わりの始まりという酷評があれば、意外によくやっていると庇う声もある。

「国論を二分する政策に果敢に挑む」

そうしきりに訴える高市早苗政権の発足から半年が経過し、賛否が真二つに分かれている。なぜここまで評価が割れるか、といえば、その要素はさまざまであろう。

インターネット空間のSNS(ソーシャル・メディア・ネットワーク)が、新聞やテレビ、雑誌といったオールドメディアにとって代わり、1億総国民が誰でも自らの考えを発信できるようになった。

高市人気がネット空間に支えられている側面は否めない。反面、そのSNSの意見は危うさを孕む。自民党に限らず、日本の政党政治そのものが、激しく遷りゆくそうした情勢の変化についていけなくなっていると感じる。

唐突な衆院の解散から2月の総選挙で大勝した結果、高市独裁の空気が自民党内に充満する裏では、政権の歪みを指摘する所属議員の批判や陰口が絶えない。

党の選挙対策委員長代理や広報戦略局長、副幹事長、青年局長などを歴任し、高市政権でも幹事長代理を務める元法務大臣の古川禎久(60)は今の自民党をどう見るか。

古川禎久衆議院議員 撮影/御舘彩
古川禎久衆議院議員 撮影/御舘彩
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「自民党は一昨年の衆議院選挙に続き昨年の参議院選挙でも大敗して1年半ぐらい前から少数与党に転落しました。少数与党として予算はもちろんのこと、法案一つ通すにしても野党の力を借りなければなりませんでした。すると野党は、協力する代わりにこれを呑め、あれを呑め、と条件を出してくる。それでいて財源はこっちで考えろと。

私自身政治改革特別委員会の筆頭理事でしたので、複雑な国会運営の現場からすると、ものすごく苦しい思いをしてきました。政治改革では政治資金にまつわる問題もあったし、あとになって定数削減の話も出てきた。国会ではそれぞれの委員会で与野党間の駆け引きをしなければなりません。

そんな苦しい状況で衆議院が大勝した。少数与党の苦しさを身に染みて感じる者としては、数はありがたいと率直にそう思います。選挙に勝ったんだから、ある種の勢いが党内に出てきたのは間違いありません」

古川は今度の総選挙大勝について一定の理解を示すが、もとよりそれで満足しているわけではない。高市は自らの衆院解散のせいで予算の今年度内成立が難しくなり、さらにそこを批判されることを嫌った。

そして案の定、結果的に予算の成立は新年度にずれ込んだ。

そもそも古川自身は通常国会の冒頭というこのタイミングでの衆院解散、総選挙に懐疑的ではなかったか。

「物価高で切実な思いをしている人たちがいます。そこに政策を届けるという文脈で議論を重ねてきました。政権を預かる与党としては国民生活や自治体に迷惑をかけちゃいかん。だから普通に考えれば、まずは新年度の予算を上げることに専念するものと思ってきました。そんなところへ解散ですから、驚きました。

加えて仮に総選挙で勝っても、参議院はいまだ少数なんです。予算は年度をまたいで成立したけれど、衆議院の数で無理押しこみしたって政策を実現できない。衆議院と参議院でねじれている国会の足下でいえば、政権政党として税制をはじめ国民に必要な法案を成立させなければならない。

数におごっているように思われないよう議論を尽くす姿を国民に見せていかなければなりません。それが国民に対する責任であり、国民に信頼されるかどうかは、これからの話なのです」