“中道保守”は国民に届かなかった
異論はないが、現実の政治ではなかなかそうはいかない。今度の総選挙では、国民受けしそうな中道保守の旗を掲げて結成された中道改革連合が惨敗した。
古川も日頃から中道保守の必要性を訴えている。衆院小選挙区の宮崎3区で9回の当選を重ねてきた古川は元来選挙に強く、今回の衆院選も圧勝だった。古川の唱える中道と新党の旗印の中道ではどこが違うのか。
「たしかに言葉は共通しているけれども、必ずしも一致している話ではありません。今の時代の瞬間的な国民の評価としては、中道というワードそのものが国民に受け入れられなかったという気はします。これはしっかり分析してみないとわからない。保守中道勢力の人たちが党派を超え、場面場面で力を合わせていく考えは今も変わりません。
しかし、選挙ではそうならなかった。私の肌感覚からすると、これまでの国会では、熟議が深まったという評価がある反面、国民には国会議員たちが手柄争いをやっているように映ったのではないか。それが政党政治に対する不信感として広がったのではないでしょうか。少数与党政治に対する反動批判とでもいえばいいでしょうか。それが今回の選挙に関する私の分析です」
古川は自民と社会の二大政党が対峙してきた保革の1955年体制モデルを変えなければならない、という持論を展開する。極端な右傾化に警鐘を鳴らす穏健保守の論客として永田町で知られる。
「今は政党政治のありようそのものが変わってきています。一昨年来、自民党が選挙で大敗してきた理由の一つが、従来の自民党モデルが崩れているからだと感じます。自民党が謳ってきた国民政党は何か。それは、国民の多様な声や要望を聞いてそれを政策に反映させていくことだと思います。それができなくなっている。
昭和から平成、令和と時代が移り、家族のあり方や働き方、社会の構成にいたるまで国民の価値観がずい分変化してきました。いわゆる55年モデルの政党政治は終わったんだけれど、そういう政治スタイルが続いている。
自民党は人口もどんどん増えて経済が成長していく右肩上がりの昭和の時代の成功体験を引きずったまま、時代の変化をキャッチアップできていない。そこに対する国民の不満が向けられているのではないでしょうか。
結果、国民民主党や参政党、れいわ新選組に対する支持につながっている。時代が動いているなかで政党政治や議会政治が変わっていかなければならないのだけれど、そうなっていません」
安倍・菅政権の一強政治から岸田政権を経て石破政権に替わり、昨秋には高市政権が誕生した。石破政権時代の選挙では、まさに旧来の自民党政治そのものがもう終わりを告げているかのような結果だった。反面、現在の高市政権になり、そこから再び日本の政治が逆戻りしているように見える。そこをどう見るか。
「時代の車輪が大きく回り始めたのは間違いありません。この時代の水は激流で、渦を巻いたり、逆流したり、溢れ出たりする。歴史的に見ても、今はそういう過渡期ではないでしょうか。時代はスーッと一直線に流れていくものではないから、何が時代の本流なのか、それを見極める必要があるでしょう。
前から言っているように、今は極右や極左という極端な主張ではない保守中道勢力が国民に受け入れられやすい。というより極右や極左による政権運営だと、結果的に国民はひどい目に遭う。
政策論的には、格差の広がりや分断が起き、政治が不安定化した挙句、ポピュリズムや排外主義につながっている。そうならないような内政が必要であり、政策的に落とし込むとすれば、所得の再分配機能をもっと働かせる必要があるでしょう。穏健な保守が力を合わせて国政を運営していくことが最もいいと思います。それは歴史が証明しています」












