「得るものと、失うものと……。」(集英社文庫・コミック版10巻収録)

一歩踏み出せない大人に……

人は、何も持っていない時より、少し経験を積み、少し立場ができた後のほうが動けなくなることがある。失敗そのものより、恥をかくことのほうが怖くなるからだ。笑われたくない。みっともない姿を見せたくない。そうして無難な選択ばかりを重ねているうちに、挑戦する気持ちは少しずつ鈍っていく。

『サラリーマン金太郎』第97話は、そんな“大人のためらい”に刺さる回である。

この回で強く響くのは、金太郎の同僚の女性社員・篠塚さんの言葉だ。出向先の会社で金太郎は型破りの方法で見事に問題を解決し、諦めて何も動こうとせずに腐っていた社員たちの意識をも変えた。

なぜ、まだ新人のような金太郎がこの会社を変え、意識を変えることができたのか。篠塚さんは元いた社員たちに対して、「中途半端なプライドでみんなが恥をかく事を恐れ被害者に回りたがる」と指摘する。

だが、人間は恥をかいて成長していく生き物だから、プライドなんて捨てて、恥なんていくらでもかく覚悟で動くべきだと語る。

年齢や立場を重ねるほど、人は自信をつけて、プライドが高くなる。だが、そのプライドが高いほど、かえって人を小さくしてしまう。傷つきたくない。体裁を守りたい。そういう気持ちが前に出て、本来やるべきことすらできなくなってしまうのだ。

その点、金太郎にはそうした小賢しい保身がない。学歴も肩書もないところから這い上がってきたからこそ、変に自分を守ろうとせず、まっすぐ仕事に向き合えるのだろう。いわば子どものような感覚で、ためらわずに動けるのである。

そして皮肉なことに、その無垢さこそが、ときに大人たちよりも会社を前に進める。

仕事でも恋でも、年を重ねるほど人は臆病になる。だからこそ第97話は、一歩踏み出せずにいる大人ほど響く。守るべきは中途半端なプライドではなく、前に進もうとする気持ちなのだ。