綿野恵太氏と西村章氏
綿野恵太氏と西村章氏
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綿野 じつは去年の4月に妻が乳がんに罹患して、そのときに初めて高額療養費制度を利用しました。かつては3割負担分をひとまず窓口で払ってから、後日に自己負担上限額との差額が払い戻される方式だったようですね。でも、今はマイナ保険証を出せば会計で自己負担分を払えばいいだけなので、非常に助かりました。高額療養費制度は、制度を利用する当事者でも複雑すぎてよくわからないのですが、この本(『高額療養費制度 ひろがる日本の健康格差』)ではとてもわかりやすくご説明されていると思いました。

参議院を通過した今回の〈見直し〉案や、石破政権が進めて凍結された昨年の案がどれほどひどいものだったのかということも具体的にご指摘されています。ただ、この本の一番のポイントは「見直し案がひどいという以前に、そもそも現在の高額療養費制度自体が非常に大きな問題を抱えているんだ」ということですね。

「世界に冠たる」国民皆保険と言われてきたけれども、実はすごく穴だらけ。費用負担を含めてずいぶんおかしな点があることもわかりやすく記されています。

政府予算案は先日参議院を通過してしまいましたが、患者団体は今回の〈見直し〉案を激しく批判し、SNSでは多くの医療関係者も反対している。なのに、いまひとつ大きな国民的議論にはなりませんでした。

その理由もこの本の中では明らかにされている。それは医療保険制度の中には大企業の健保組合や中小企業の協会けんぽ、公務員の共済組合、フリーランスや自営業が加入する国保などいろいろな保険があって、皆の使っている保険がバラバラだから。そのせいで、問題自体が共有しづらくなっている。

たとえば付加給付に関することは、自分の知る限りだと本書に登場する伊藤ゆり教授が新聞のインタビューで言及していたくらいで、あまり注目されなかった印象があります。たぶん、新聞記者さんたちは良い健保に入っているので、付加給付があるのは当たり前なんでしょうけれども。

西村 全国紙や放送局などメディア企業は社会保障が充実していて、保険料も労使折半ではなくて、労働者側の負担が非常に軽い健保組合がたくさんあるんですよね。大企業が恵まれていると言うつもりはありませんが、フリーランスや自営業者の国保や中小企業の協会けんぽとの差は、やはり大きいですよ。

綿野 「健康保険弱者」という言葉が本書でも出てきましたが、家族が病気になってすごく実感しています。健康保険格差があることさえもわからない状況が、今回の予算が通ってしまったひとつの原因ですね。通ってしまった〈見直し〉案をどう変えていくべきか、という問題も明らかにしてくれるお仕事だったと思いました。

西村 ありがとうございます。この本は、政府〈見直し〉案の詳細が12月末に明らかになってから衆議院選挙を経て国会で予算案審議が進んでいくのと並行する形で、原稿を入稿して初校で大幅に修正して再校でさらに手を入れて、という作業だったんですが、最新情報を可能な限り盛り込みながらも、時事的なトピックに拘泥しすぎず日本の医療保険制度全体を捉えるようにしたつもりです。ただ、どこまで俯瞰できているのか自分ではよくわからないし、そこが少し気になっている部分でもあるんですけれども。

綿野 そもそも高額療養費制度自体がものすごく複雑だから、よくわからないですもんね。

西村 この制度を16年以上使ってきた僕自身、今回の問題が浮上するまで制度のことをよく理解できていなかったですから。ちなみに綿野さんは国保ですか?

綿野 僕は国保で、妻は別の健康保険です。

西村 じゃあ、うちと同じですね。僕は国保で妻が健保組合なんですが、3月上旬に妻が手術をして10日間ほど入院したんです。治療代は高額療養制度が適用されて、さらに健保組合からの付加給付もあるので、実質的な自己負担は2万円程度でした。しかも、入院中や退院後の自宅静養期間は傷病手当金ももらえる。もしも僕が同じように入院したとすると、国保に付加給付制度はないから自己負担上限額の8万円はまるまる自分にかかってくるし、療養中は傷病手当金もない。

健保組合のように充実した保険給付が当たり前の環境だと、高額療養費制度の〈見直し〉で生じる問題を他人ごとのように感じる人も中にはいるでしょうね。

綿野 僕たちの場合も治療費がけっこうかかったので、この本で説明されている「破滅的医療支出」(家計収入から住居費や食費を引いた自由に使える所得のうち医療費が40%を超えると貧困に陥る危険性が高い、とするWHOの定義)をまさに食らってるところやん! みたいな状態で、結構な額の貯金が飛んでいきました。