コスパを重視する若年層

【新書大賞2023・10位】10分で答えが欲しい人たちに「ファスト教養」が熱烈に支持される理由_2
社交スキルアップのために古典を読み、名著の内容をYouTubeでチェック、財テクや論破術をインフルエンサーから学び「自分の価値」を上げる…こうした「教養=ビジネスの役に立つ」といった風潮が生む息苦しさの正体を明らかにした『ファスト教養』

ファスト教養の文脈に照らし合わせれば、そういった「映画体験」でも十分に「映画を観た」ことになる。何となく話を合わせるツールとして活用できればいいのだから、要点さえわかれば映画鑑賞に二時間使う必要はない。田端信太郎の言うように、ファスト教養の重要な精神は「嫌いでもいい。まずは、読んでみる」なので、コスパを考えれば「その世界に深く入り込むのではなく、手っ取り早く要点と要約を知りたい」という発想になるのは自然な流れである。

そんな背景に目を向けると、2021年6月に逮捕者を出すに至った「ファスト映画」(字幕やナレーションを駆使して映画のストーリーおよび結末を短時間で紹介する動画。権利者の許諾は得ていない)が支持を集めたことについても理解が深まるはずである。

ファスト映画の支持につながった「映画の結論をクイックに知って周りと話を合わせたい」という心理は、ファスト教養の「ビジネスに役立てるためにとりあえず話を合わせるためのネタが欲しい」という欲望と共通している。

編集者・ライターの稲田豊史は現代ビジネスの記事「『映画を早送りで観る人たち』の出現が示す、恐ろしい未来」(2021年3月29日。のちに『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ―コンテンツ消費の現在形』〈光文社新書、2022年〉に大幅加筆のうえ収録された)の中で、「5分の動画で映画1本を結末まで解説してくれるチャンネル」と接する人々のことを「『古今東西の名著100冊を5分で読む』のようなノリ」「『忙しいビジネスマンが、通勤中にオーディオブックでベストセラービジネス本を聴く』ような行動に近いのかもしれない」と指摘している。

また、同記事において、コスパを重視する若年層の「趣味や娯楽について、てっとり早く、短時間で、『何かをモノにしたい』『何かのエキスパートになりたい』と思っている」という傾向を紹介している。ファスト教養が広まっていく中で、その考え方はエンターテインメントの受容スタイルにも及んでいると言える。
 
ファスト教養の時代において、「作品を堪能する」といった姿勢は無条件で受け入れられるものではなくなってきた。当たり前の話だが、二時間じっくり映画を楽しんでも必ずしもお金を稼ぐこととはつながらない。単に話を合わせる(その作品を知っていると表明する)ことが目的であれば、最初からあらすじと結論だけを知ろうとする方がコスパが良い。今の時代のエンターテインメントは、そういった空気と向き合う必要が出てきている。