「ざっくりと」「コスパ良く」把握することこそが時代の空気
筆者の実感として、特定のジャンルに明るくなるためには、「はずれ」も引きながら身体でその分野の空気を覚えていく必要がある。また、自分で見つけたという感覚自体がそのカルチャーにのめりこんでいくきっかけにもなり、そのような経験も過去に何度もしてきた。
しかし、稲田の記事を読むと、もはやこういった考え方自体が古いものになってきていると認識すべきなのかもしれないとも思わされる。いずれにせよ、表面的にでもその領域の大枠を「ざっくりと」「コスパ良く」把握することこそが、ファスト教養隆盛以後の時代の空気である。
とりわけ、第一章で触れた『教養としてのラップ』、および田端が引き合いに出していたフリッパーズ・ギターなど、音楽に関する知識は教養として捉え直されることが多い。
たとえば、『教養として学んでおきたいビートルズ』。著者の里中哲彦は今のポップミュージックの基盤を作った四人組について「1960年代からこんにちに至るまで、性別も年齢も、人種も民族も、出自も職業も超えて、いまもなお多くの人びとに愛されている。もはや世界が共有する『教養』の一部である」と定義し、「ジョン・レノンやポール・マッカートニーがビートルズのメンバーだったことを知らない若者がいるという話をはじめて耳にしたときは、信じられない思いがした」と嘆いてみせる。
そのうえで、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツの精神性の根底にビートルズの存在があることを語る。第二章でも触れた「イノベーションの象徴」としてのジョブズを持ち出すあたり、「教養はビジネスにとって大事」の構造にビートルズが代入された本と言える。
また、『教養としてのロック名盤ベスト100』(著者は先に挙げた『教養としてのロック名曲ベスト100』と同じ川﨑大助)は、アメリカのRolling Stone とイギリスのNMEがそれぞれ選んだ名盤ランキングを統合して歴史上の重要な100枚を選出するという企画がもとになっているが、掲載されたリストについて「『手っ取り早く』ロック音楽の全体像を把握したい人向き」と記されており、期せずしてファスト教養の世界観と明確にリンクしている。
音楽以外のジャンルでも同様のコンセプトの書籍は存在する。『教養としての平成お笑い史』では、お笑い芸人やバラエティ番組に関するトピックについて「幅広い世代に共通の話題となりうる」から「平成のお笑い史は一種の『教養』として振り返っておく価値がある」というスタンスが示されている。みんなと話を合わせるためにも知っておいた方が良い、という考え方 はやはりファスト教養的である。
「教養としての」ポップカルチャー本は、「このくらい知っておかないと」という焦燥感を煽りながら、その文化の表面をなぞることで「これを読んでおけば十分」「この文化について知っていると表明してOK」とお墨付きを与えるような構成になっていることが多い。カタログ的に概観をおさえることを教養とするこれらのコンテンツは、まさにファスト教養を体現したものだと言える。
文/レジー