多くの出稼ぎ労働者たちが
酷使され命を落とした

実際に、4月1日に首都ドーハで行なわれた組み合わせ抽選会は、日本でもテレビや新聞・ネットニュースなどで大きく報じられた。だが、この大会で使用される会場や宿泊・輸送設備などの建設で、多くの出稼ぎ労働者たちが酷使され命を落としたことについては、まったくといっていいほど報道されなかった。

これこそがまさに、日本のスポーツ報道に独特の「スポーツに政治を持ち込まない」ことを是とする〈大人の判断〉なのだろう。

ところが、FIFA(国際サッカー連盟)自身はこの抽選会に先立ち、ジャンニ・インファンティーノ会長とカタール労働大臣が会合を持ち、出稼ぎ労働者たちの労働環境が大幅に改善したことを確認する旨のプレスリリースを2022年3月16日付で発表している。

また、それに先立つ3月13日に同じくFIFAが発行したリリースでは、国際人権NGOアムネスティ・インターナショナルや労働問題の専門家たちと、この問題についてリリースの発行翌日の14日に会議を持ち、労働環境の大きな前進と今後の課題について報告・議論する予定だ、とも発表している。

自画自賛の雰囲気が非常に濃厚なこれらのプレスリリースは、現地の労働問題とそれに対する批判が強かったことを逆説的に証明している。実際に、アムネスティと並ぶ人権監視団体のヒューマンライツウォッチは、出稼ぎ労働者たちの賃金遅延や未払いがいまだに多いことを3月3日に報告している。

カタールW杯開催の裏で多くの出稼ぎ労働者たちが酷使され命を落としていた事実はなぜ日本でほとんど報じられないのか_3
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端的にいってしまえば、このサッカーワールドカップのために建設されたいくつもの壮麗なスタジアムも、ドーハ郊外の埋め立て地に並び立つ豪華な五つ星ホテルの群れも、そしてさらにいえば、2004年に竣工して以来、MotoGPを連綿と開催し、やがてF1も行なうことになったルサイル・インターナショナル・サーキットも、これらはすべてカファラシステムによる苛酷な労働で、文字どおり彼らの健康や命と引き換えにして建設されたものなのだ。


写真/shutterstock

人権侵害に対する日本サッカー協会の残念な認識
テレビにとってスポーツイベントは最後の聖域

スポーツウォッシング なぜ〈勇気と感動〉は利用されるのか
西村章
カタールW杯開催の裏で多くの出稼ぎ労働者たちが酷使され命を落としていた事実はなぜ日本でほとんど報じられないのか_4
2023年11月17日発売
1,144円
240ページ
ISBN:978-4-08-721290-7
「為政者に都合の悪い政治や社会の歪みをスポーツを利用して覆い隠す行為」として、2020東京オリンピックの頃から日本でも注目され始めたスポーツウォッシング。
スポーツはなぜ”悪事の洗濯”に利用されるのか。
その歴史やメカニズムをひもとき、識者への取材を通して考察したところ、スポーツに対する我々の認識が類型的で旧態依然としていることが原因の一端だと見えてきた。
洪水のように連日報じられるスポーツニュース。
我々は知らないうちに”洗濯”の渦の中に巻き込まれている!

「なぜスポーツに政治を持ち込むなと言われるのか」「なぜ日本のアスリートは声をあげないのか」「ナショナリズムとヘテロセクシャルを基本とした現代スポーツの旧さ」「スポーツと国家の関係」「スポーツと人権・差別・ジェンダー・平和の望ましいあり方」などを考える、日本初「スポーツウォッシング」をタイトルに冠した一冊。

第一部 スポーツウォッシングとは何か
身近に潜むスポーツウォッシング
スポーツウォッシングの歴史
主催者・競技者・メディア・ファン 四者の作用によるスポーツウォッシングのメカニズム
第二部 スポーツウォッシングについて考える
「社会にとってスポーツとは何か?」を問い直す必要がある――平尾剛氏に訊く
「国家によるスポーツの目的外使用」その最たるオリンピックのあり方を考える時期――二宮清純氏に訊く
テレビがスポーツウォッシングを絶対に報道しない理由――本間龍氏に訊く
植民地主義的オリンピックはすでに<オワコン>である――山本敦久氏に訊く
スポーツをとりまく旧い考えを変えるべきときがきている――山口香氏との一問一答
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