現代の〝奴隷労働〟、中東の「カファラシステム」

これらの建設工事を行なうのは、インド、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、ネパールなどからカタールへ出稼ぎにやってくる移民労働者たちだ。カタール以外にも、サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)、クウェート、バーレーンといった湾岸諸国では、建設現場や家事に従事するこれら出稼ぎ移民労働者に「カファラシステム」という独特の制度を適用してきた。

これは、出稼ぎにやってくる労働者たちのパスポートを雇用主が預かって管理する制度で、このシステムにより、労働者は勤務先の移動や出国の自由などが制限され、有無を言わせず劣悪な条件の長時間労働に従事させられてしまうことになる。制度的に、日本の外国人技能実習生たちが置かれている苛酷な労働環境と同様の問題、といえば、日本の人々にも理解しやすいだろう。

カファラシステムには国際的な批判が強く、近年では多少の制度改善が行なわれるようにもなった。しかし、実際の運用面では根本的な解決にほど遠く、課題が山積しているというのが実情だろう。

カタールW杯開催の裏で多くの出稼ぎ労働者たちが酷使され命を落としていた事実はなぜ日本でほとんど報じられないのか_2

日本では、この問題が大きく報じられることはほとんどなかった。サッカーワールドカップが目前に近づいてきた時期に、欧州のメディアや参加選手たちがこれを問題視していると伝えるようなかたちで、ようやくわずかにニュースの俎上に載り始めた程度だった。

この問題の深刻さに対する皮膚感覚での理解や認知も、おそらく低かっただろう。NHKがカタールのネパール人労働者に続く不審死を2月頃に地上波ニュースで取り上げたのは、ある意味では画期的だったが、社会全体で広く問題意識が共有されるには至らなかった。

本稿の連載記事が集英社Webサイト〈新書プラス〉に掲載されたのは2022年6月初頭で、その際には「今年の11月に同国で始まるサッカーワールドカップの興奮と感動は、彼ら出稼ぎ労働者たちが劣悪な長時間労働を強いられ、体を壊し、命を落としていった事実をあっさりと押し流し、見えないものにしてしまうだろう。

これこそがまさに、スポーツウォッシングの持つ大きな〈効能〉といっていい」と記したが、今から振り返ると、現実はまさにそのとおりの結果になったという印象が強い。