どうやって取材したかというと、飛行機を使ってヒマラヤを遊覧飛行するのがあるんですね。それでエヴェレストの上をガーッとセスナで飛んで、後はエヴェレスト街道を上から見下ろしながら通って。
ほぼ半日でそっちの取材が済んじゃって。残った時間でどうしたかというと、カトマンドゥ周辺の町を僕がご案内する形で行きました。
もうひとつ、エヴェレスト街道を歩く代わりに、谷口さんは動物がすごくお好きだったので、ルンピニー公園に行きましょうということになりました。取材とは直接関係のない、インドとの国境に近いネパールのずーっと南の方で、お釈迦様が生まれたといわれてるがそのルンピニーというところなんです。
そこにルンピニー公園があって、象の背中に乗るツアーがあるので、谷口さんに「行きましょうよ」と言ったら、もう「行きたい行きたい」とおっしゃるんで全員で行きました。
何頭かの象をチャーターするツアーで、我々はそれぞれ背中の上の四角い台の上に乗って進むんです。動物界では自分よりも身体の大きい動物には向かってこないので、サイも虎も象には向かってこないんですね。そのサイなんかを見たりしながら、うろうろうろうろしたんですけどすごく楽しかったですね。それで更に谷口さんとは仲良くなって。
人と仲良くなるのは一緒に海外に行くのが一番いいんですよね。
僕がこの数年、コロナと癌になっちゃって、その癌では暫く入院して色んな状況で四回ほど入退院して手術したりしてたんですね。
これで寿命があるうちに、今準備している物語を全部書き終えることができるのかなぁという気にもなってきて、叶うならば『東天の獅子』にしても漫画化して、谷口さんに心底お描きになってほしかったんです。格闘技漫画にするならあれだけの内容の格闘に特化した小説はないと自分の中では思っていますから。
谷口さんと回数としてはそんなに数多くは会っていなかったんですが、何度かお会いした中で今でも憶えていて惜しいなぁと思っていることがあって、その内容ははっきりと憶えているんです。
「獏さん、今新しい漫画を描こうとしてるんですよ。でもなかなかストーリーが上手く出来ないんですよね」とおっしゃるんです。「どんな漫画ですか?」と伺ったら「江戸時代の日本橋に西洋人が一人立ってるんです。耳をこうやって押さえて。その西洋人というのがゴッホなんです」……こうおっしゃるんです。
夢枕獏、 谷口ジローを語る…「“神々の山嶺”の漫画化が決まったその瞬間に“最後のシーンを変えていいですか?”と谷口さんが直ぐ言ったんです」
世界的にも評価が高い漫画家・故谷口ジローさんの回顧展が全国を巡回し、北九州市漫画ミュージアムで最終開催を迎えた。その最終日の前日5月13日に、作家・夢枕獏さんが谷口ジローさんの作品と人となりを語る記念講演会が開催された。
北九州市漫画ミュージアム企画展「描くひと 谷口ジロー展」記念イベント 夢枕獏講演会~谷口ジローを語る~ より
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江戸時代の日本橋にゴッホが耳を押さえて立っている