『キャット・ピープル』の大人の味わい

で、ここまでが1981年の出来事。 この連載のお題はあくまでも1982年公開の映画であります。前年の革命的進歩に呼応するように更なる野心的な企画が登場しました。

1942年公開のRKO映画の再映画化『キャット・ピープル』(1982)です。恋をしてキスをするとその正体である猫人間の姿に戻ってしまう女性の悲恋という、古典的題材を現代に置き換え、最新技術で映画化です。監督は『タクシードライバー』の脚本を書いたポール・シュレイダー。この個性が、ただのホラー映画と片付けられない空気感の映画を生み出していくのです。

その空気感を支える音楽がジョルジオ・モロダー。1978年『ミッドナイト・エクスプレス』でアカデミー賞を獲得したイタリア人のシンセサイザー遣いにして、数多のポップミュージックでチャートを独占したヒットメーカーです。その太いアナログシンセの通奏低音と走り出すリズムトラックがカッコいいのです。この年は『ブレードランナー』(1982)のヴァンゲリスといい、映画音楽にシンセサイザーが有機的に用いられるようになった年だったような気がします(それまでも使われていたけど、やはり実験的な印象でした)。後のハロルド・フォルターメイヤーやハンス・ジマーに連なるサウンドスタイルの原点がここにあります。ちなみにそんなジョルジオを起用したのは、まだプロデューサーになって間もないジェリー・ブラッカイマーでした。

そして恋をして結ばれると豹に変身して相手を喰らう猫人間に、『テス』(1979)『ワン・フロム・ザ・ハート』(1981)でトップスターに登り詰めたナスターシャ・キンスキー。その同族にして、偏執狂的に妹に付きまとう兄が『時計じかけのオレンジ』(1971)のマルコム・マクドウェル。

注目される特殊メーキャップエフェクトは、『猿の惑星』に参加した後、70年代の動物パニック『吸血の群れ』(1972)や改造人間がいっぱい出てくる『ドクターモローの島』(1977)を手がけたトム・バーマンが担当。人間の皮膚を破って黒豹が現れるんだけど、その直前でナスターシャのおっぱいがヒューって引っ込んで(もちろん作りもの)、苦しむ顔面の皮膚が半透明でプルプルした感じになって、それが和菓子屋に置いてある夏の風物詩くず饅頭にそっくりなんですけど、そんなの日本人にしかわからないか。

途中で豹になったまんま戻れなくなって動物園の檻に入れられた兄貴(黒豹)にちょっかい出した飼育係の腕が、豹に噛まれて引きちぎられるというなかなかのショックシーンがあるんですが、ちぎれた腕の断面からなんだかよくわかんないけど、腱みたいな白い筋なのか神経なのかが、肩口と腕の間でびろーんと伸びるんですよ。それがすごく痛そうで本当にそんなことになるかわからないけど、そのひと手間がすごく好きでした。

銃弾が顔に開ける穴、食いちぎられた腕から垂れる腱…様式ではない「死」と「変身」のメーキャップ表現が花開き、樋口真嗣を酔いしれさせた【『キャット・ピープル』】_3
『キャット・ピープル』の当該シーン
© Mary Evans/amanaimages
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期待していた変身イメージのもの足りなさを補って余りあるほど、映像イメージや音楽や演出が醸し出す大人の罪深さに酔いしれた映画だったのです。
そんな『キャット・ピープル』の公開は、前回紹介した『ファイヤーフォックス』(1982)と同じ1982年7月17日。この日にはもう1本忘れることのできない、あの映画が公開されたのでした…。(つづく)

『キャット・ピープル』(1982) Cat People 上映時間:1時間58分/アメリカ
監督:ポール・シュレイダー
出演:ナスターシャ・キンスキー、マルコム・マクドウェル他

銃弾が顔に開ける穴、食いちぎられた腕から垂れる腱…様式ではない「死」と「変身」のメーキャップ表現が花開き、樋口真嗣を酔いしれさせた【『キャット・ピープル』】_4

© Mary Evans/amanaimages

1942年の同名映画のリメイク。愛を交わすとネコ科猛獣に変身し、相手を殺さなければ人間の姿に戻れない“キャット・ピープル”一族。自分がその末裔であると知らず、孤児として育てられたアイリーナ(キンスキー)は、兄(マクドウェル)と巡り会い、共に暮らすことに。が、心に育ち始めた初めての恋が、悲劇をもたらす。
ナスターシャ・キンスキーの野性的な美貌、飛躍的進化を遂げたメーキャップ技術による変身や流血シーンのリアルさなどがあいまって、妖しい魅力を放つエロティック・ホラー。
デヴィッド・ボウイが歌った主題歌も話題に。