『猿の惑星』から『ハウリング』への技術発達

いっぽうで50年代のB級映画の定番であった変身する人間モノも革新的進化を遂げることになるのです。愛した男の正体が実は人をも襲う恐ろしい怪物だった! しかもその男を愛してしまった恋人との愛の行方はいかに? なんて物語は、映画の歴史と共に量産されてきましたが、この種の物語の肝はなんといっても怪物がどんな風体をしているのか?の一点に尽きるのであって、そこにアイデアと限られた予算のすべてを集中させてきました。

その“異形の顔”はシンプルな構造のかぶりもので演者の頭部を覆うスタイルでしたが、視覚効果ジャンルの誕生と同じ時期の1960年代末期に登場した『猿の惑星』(1968)に出てくる、人類とは違う形で進化して人類を凌駕する知性を持つ猿人の造形においては、演者の表情の変化に追従するように頭部を解剖学的解釈に基づいて分割し、それぞれのパーツを柔軟な素材を用いて演者の顔に接着しました。無表情だったかぶりものが一気に、表情、感情、知性を持つ“登場人物”としての権利を獲得したのです。

それから長きにわたりアメリカ映画を抑制してきた、差別暴力残酷性表現に対する自主規制条項、ヘイズ・コードが撤廃された70年代に入ると、映画界を席巻したホラー映画の表現でも、その技術が大活躍することになりました。『エクソシスト』(1973)の悪魔が取り憑いた少女。『オーメン』(1976)での不可解な死の描写。『ゾンビ』(1979)は言わずもがなですね。

特殊メーキャップを主軸とした新たな技術が、数々の衝撃を生み出して迎えた1980年代。『ジョーズ』(1975)のヒットにあやかった殺人魚パニック映画『ピラニア』(1978)が大ヒットした勢いで、若き監督ジョー・ダンテが製作したのが、現代に狼男が現れる『ハウリング』(1981)でした。

銃弾が顔に開ける穴、食いちぎられた腕から垂れる腱…様式ではない「死」と「変身」のメーキャップ表現が花開き、樋口真嗣を酔いしれさせた【『キャット・ピープル』】_2
狼男への変身シーンが画期的だった『ハウリング』
© Mary Evans/amanaimages

古典的ホラーの様式を現代的解釈に置き換えるには特殊メーキャップは不可欠であり、それを任されたのが当時21歳だったロブ・ボーティン。メーキャップのパーツ=アプライエンスと演者の皮膚の間に複数の風船を仕込むことで人間の顔が変形していく様を見せ、もはや人間ではない体型になったらケーブル等で動かす精巧なダミーに切り替え、人間の口蓋を裂くように狼の顎がせり出してきます。

そのダミーの目の表情がまるで生きているかのような哀しみを宿しているのです。同時期に同様の狼男映画『狼男アメリカン』(1981)を撮影していたジョン・ランディス監督が、その仕上がりを見て急遽撮り直しをしたそうです。『狼男アメリカン』で、ロブの師匠であるリック・ベイカーが担当した狼男は、古典的な状況…暗闇に月明かりで浮かび上がる絵作りではなく、白昼堂々、誤魔化しようのない状況で変身するという無理難題を見事クリアしたのです。師弟が争うように作り出したこの2体の狼男の変身は、『スター・ウォーズ』とは別の表現の革命だったのです。