映画館でしか味わえない“何か”がある
人は何のために映画館へ行くのか? あるいは、われわれにはなぜ映画館という場所が必要なのか? 映像を見るだけなら、タブレットでもスマホでもいいわけだし、それらは場所を選ばずに見られ、オンデマンドなどの配信ならば時間だって自分の都合に合わせられる。
映画館へ行って映画を見るには、映画館側の組んだ上映スケジュールに自分の予定を合わせなくてはならないし、大抵の人はわざわざ交通費をかけて映画館まで行くはずだ。
それは、映画館でしか味わうことのできない“何か”があるからに違いない。今回は、名作から話題の新作まで、映画館という場所に熱い想いを抱く人たちが、映画館を舞台として描いた素敵な作品の数々をご紹介しよう。
映画と映画館がヒロインの人生を救う
『エンパイア・オブ・ライト』(2022)Empire of Light 上映時間:1時間55分 イギリス・アメリカ
映画館という“場”、そしてそこでスクリーン上に映される“作品”が、いかに希望や生きがいといったプラスの感情を与え得るのか――。『007』シリーズなどで知られる英国のサム・メンデス監督による最新の注目作品をご紹介しよう。
物語の舞台は1980年代初頭の英国の静かな海辺の町。主人公は映画館=エンパイア劇場でマネージャーとして働く中年女性ヒラリー(オリヴィア・コールマン)だ。心に深い闇を抱えている彼女が、新たに劇場で雇われた黒人青年スティーヴン(マイケル・ウォード)との出会いによって人生の意味を見つめ直し、再びの深い絶望を経て、光を見出していくまでを描いていく。
エンパイア劇場で名士たちを招いて催されるプレミア上映会の作品は、アカデミー作品賞受賞作品『炎のランナー』(1981)。そして、忙しくて上映される作品など見たこともなかった彼女が、初めてスクリーンで映画を見て希望を見出す作品は、ピーター・セラーズ主演の『チャンス』(1979)。当時を知る世代には懐かしく、映画ファンにはうれしい仕掛けだ。
ただし、本作は“映画によって魂を救済されるヒロイン”を描いた単なる感動の物語というだけではない。戦後に労働力不足を補うために大量に移民として受け入れられた旧植民地の黒人たちと、彼らの存在を“自分たちの仕事を奪う連中”とみなして排斥しようとする、白人層との深刻な対立も描かれている。
1980年代初頭の英国の社会情勢を見事に描いている点でも、力強い骨太の作品。アカデミー賞レースでも注目が集まっており、絶対に見逃してはいけない1本だ。
『エンパイア・オブ・ライト』
全国にて公開中
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp