直前にヤクルト脱退も揺らがなかった信頼

大椿 その勝負をかけるポイントの見つけ方、団結の仕方、今、労働運動をやってる人たちが聞いてもすごく参考になると思うんですよ。私も自分が雇止め解雇になって、労働組合に入って3 年 9 ヶ月ッタ逃ったけど、結局職場に戻ることはできなかったんです。

それからは自分と同じような非正規で働く人たちを中心に労働組合の役員として活動をしてきてたんです。切実な問題に向き合っていながらも、今の労働組合は本来何をすべきかということを忘れてないかな?って思うことが度々あるんですよね。

中畑さんが、12球団、まったく違うチームの選手を連帯させられたのは、どんな戦略だったのでしょう。

中畑 結局、球団は違っても同じ野球の仲間としての意識っていうのかな。仲間を信頼することですよ。例えば、ヤクルトの選手会が開幕の前日に脱退すると言ってきましたね。

大椿 そうでしたね。オーナーの圧力で切りくずされて11球団になっていたのですね。

中畑 野球界はあれが基本だったんですよ。圧力でいくらでも首切りはできるし、選手が呼びつけられて、「お前ら文句言うならいらないんだよ」って有無を言わさず従わされる。俺はその脱会した連中の立場も分かるんですよ。

だからあのときも(角)富士夫が、「中畑さん、申し訳ありません。脱退します」って言って来たときも怒らなかったし無理に説得しようとも思わなかったですね。オーナーから「お前らなんか一発で首できるんだ」って言われたら、それまでだから。「分かった、ただ一方的にクビにさせないための組合なんだぞ」とだけ告げて、あとは戻って来るのを信じていました。

ヤクルトというチームの中でこのままじゃいけないということを俺と一緒に自覚してくれる仲間の存在は信じていましたね。まず脱退を受け入れて復帰の時間は与える、そうするとよけいに絆も強くなるわけ。そうしたら、尾花(高夫)がヤクルトの選手会長になって復帰させてくれました。

連帯は仲間を信じることですね。俺は人に恵まれたと思うんです。常に敵対心を持って戦ったら、成功しなかったんじゃないかな。だって、野球全体を良くしようと思う気持ちは経営者だって我々、労働者だって同じじゃない? そこも信じたよね。

大椿 本当、役者が揃っているなと思いましたね。あの落合(満博)さんが、選手会を抜けながら、FA権を取得したとたんにこれを利用するところとか、もうざわざわしながら読んだんです。うわっ、フリーライド(ただ乗り)した、と。

落合さんは 統一契約書の1 点ここを狙って突破していこうとしたけど、中畑さんは、周りの理解を得ないと自分たちの運動は大きくしていけない、権利も獲得できないからまずは身近な要求を 1 つ 1 つ実現して行こうという戦略でしたね。

中畑 いきなり統一契約書に迫っても一般的なファンは理解できないじゃないですか。我々はマスコミを通じて常に見られていますから。それよりもロッカーに空調設備をつけて欲しいとか、ポストシーズンを確立してオフに身体のケアをする自由を担保して欲しいとか、分かりやすいことから発信していった。

その先にFAがあったり、ポスティングがあったり、いろんな権利を得ていったんです。俺は自分に何の見返りが欲しくて動いたわけではないけれど、それは今の若い選手たちも知っていて欲しいことではあるね。最近は非加盟の選手も増えていてそれは残念なことだね。

大椿 先輩方が苦労して作ってきてくれたから、今私たちが享受できているものがたくさんあると思います。

労働運動だけじゃなくって障害者運動とかもかつては介護者を自分で見つけてこなきゃいけないような時代もあったなか、当事者の運動によって介護制度が整ってきて、今はそれが当たり前の様になった。未だに障害者差別はあるけれど、若い人たちが運動に参加しなくなったという声も聞きます。いろんな運動において先輩方が作ってきてくれたものへの敬意を失ってはいけないと思いますね。

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