経営者との交渉と野球の共通項
大椿 それと選手会労組が、組合として結果を出され続けていること。中畑さんの立ち上げもそうですが、例え労働法を詳細に知っていても、組織化や闘争に勝てるとは限らない。ここのタイミングでこの要求を出すぞ、と言うのは、歴代の会長さんたちが、見事にその勘所、攻め所がわかっていて、権利を勝ち取っていかれた。
岡田(彰布)会長のときは選手たちの悲願だったFA権を、担当者を根回しの段階で説得して獲得された。そして古田会長のときの球団減を止めたストライキ、それと新井(貴浩)会長は、東日本大震災のときに被災者に寄り添ってシーズン開幕の時期を遅らせること、さらにWBCのスポンサー権も米国の独占から日本に持ってこさせることに成功しています。
あのときは、元駐米大使のコミッショナーがアメリカに何も言えなかったのに、新井さんはそれを成し遂げた。それらはやはり、野球で培われた勝負師の感覚ではないかと思うのです。
中畑 それはあるかな。むしろ、労働法とか、勉強し過ぎていてもだめだったかもしれない。野球は基本、ピッチャーとバッター、一対一の勝負で重要なのは駆け引き。カウントのどこで勝負するか。
交渉事も同じようにどこで何を要求してどこで、落としどころを持ってくるか。それがポイントになるよね。権利の獲得は一気に行くときもあれば、徐々に攻めて、次代につなぐときもある。FAなんかはそうだったかな。
あとは、横のつながりだね。やはりチームスポーツだから、自分は犠牲になってもバントで送るとか、ここは悔しくても敬遠して次の打者で勝負するとか。球団は違っていてもいざとなれば同じ方向に向いて一枚岩になることは、試合する上でも慣れている。それと同時に選手だけでなく球界全体のことを常に考えて動いていたからね。
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FA(フリーエージェント)の権利を日本球界で最初にNPBに認めさせて、選手にもたらした三代目選手会会長の岡田彰布が同様のことを語っていた。岡田はFA権取得に必要な年数(当時10年)やその他の補償金など、条件面ではまだ不満があったけれども駆け引きの中で消化して説得していったという。
正確なデータを取った上で「一軍40人枠」など、経営者側にとっても都合の良い制度の提案をしながら、担当者(伊藤潤夫中日球団代表)の共感を引き出し、ここが落としどころだという段階で締結させた。
岡田会長の折衝能力で、岩石よりも硬いと言われていた統一契約書の重要部分がこれで崩れた。不満なら辞めろ、飼い殺しだぞと言われていた時代からすれば、大きな権利獲得の節目となった。移籍の自由が担保されたことで、年俸が格段に上がっていったのである。
二度の監督就任で阪神の黄金時代を構築した岡田の勝負勘と未来を見据える視座は当時から、発揮されていた。
現在まで初代の中畑から11代目の近藤健介まで11人の会長がいるが、そのうちの5人が監督に就いている。歴代会長たちは、チームを率いるリーダーシップと大局的な勝負のポイントを見据える勝負師であった。野球選手が組合のトップを張れるのか?ではなく、野球選手だからこそ、張れたのだ。













