すべての世代が震撼する警世の書

『テクノ封建制』 ヤニス・バルファキス著
『テクノ封建制』 ヤニス・バルファキス著
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――最初に、書籍『テクノ封建制』を読んだ感想を率直にお聞かせいただけますか。

内田 バルファキスの本を読むのは、これで2冊目になります。「息子が父親に向かって、世界の変化について説明する」という設定がとてもいいですね。しかも彼の父親は、筋金入りのマルクス主義者でかつエンジニアです。

面白いのは、そんな父親が「良識」の基準になっていることです。つまり、物語や幻想に対して最も強い免疫を持っているような、理科系的な思考をする人を読者として想定して、その人に向けて書いている。

読んでいると、僕は自分がこの父親とダブるんですね。噛んで含めるような息子の説明を、読者である僕は「ほうほう、なるほどね」と頷きながら聞いている。その意味で僕自身が読者として想定されているという感じがしました。

内田樹氏 撮影/三好妙心
内田樹氏 撮影/三好妙心

僕も古風なマルクス主義者ですから、バルファキスの父親のようなマルクス主義者が良識を代表する存在のように扱われているのは、読んでいて嬉しいんです。「社会はこうでなければならない」とか「人間とはこうあるべきだ」とか、「人としてどう生きるべきか」みたいな、昔ながらの倫理観を持っている人間を想定読者として、現在起きていることを非常に丁寧かつ精密に分析してくれている。そこが本当にありがたかったですね。

こういう本って、実はけっこう珍しいんです。というのも、今どきGAFAMやビッグテック、新反動主義や加速主義、ピーター・ティール、ニック・ランドなどの最新の話をする人って、基本的には同世代か、あるいは自分より若い読者に向けて書くのが普通だからです。「年寄りは読まなくていいですよ、どうせ話の中味わかんないでしょう」という無意識の読者選別が漏れ出ていて、あまりいい感じがしない。

それでもそういう本を読んできたのは、若い人たちがいま何を考えているのかを知るためです。でも、「自分は読者として想定されていない」ということはよく感じました。文中に当然みんなが知っているという前提でズラッと並べられる固有名詞がわからない。いま中国のテック・ジャイアントが何をやっているのかなんて僕は全然知りませんし、アメリカの子どもたちがいまどんなゲームをしているのかなんてこともさっぱりわからない。

そういう点で言うと、今回のバルファキスの本は、「おじいさん」に向けて書いているという設定が画期的にわかりやすかった。「自分が読者に想定されている」という安心感があった。もちろん若い人が読んでもたいへん勉強になる。そういう世代を超えて楽しめる本になっていると思います。