世界にまで通用すると思っていたグループ「赤い鳥」とは?

『翼をください』が発表されたのは1970年の11月、三重県志摩郡のヤマハのリゾート施設『合歓(ねむ)の郷』で開催された、プロの作曲家によるコンテストの会場においてであった。

作詞した山上路夫は、1960年代後半に作曲家のいずみたくと組んで、『世界は二人のために』(佐良直美)や『夜明けのスキャット』(由紀さおり)などのヒット曲を発表していた。

歌手の個性を活かす品のいい歌詞によって新鮮なヒット曲が生まれたことから、山上には作詞の依頼が次々に舞い込むようになった。

オリジナルは1969年7月10日に発売された『夜明けのスキャット』。この曲のヒットにより、由紀さおりは紅白に初出場。写真は『夜明けのスキャット』(2008年9月26日発売、UNIVERSAL MUSIC)のジャケット
オリジナルは1969年7月10日に発売された『夜明けのスキャット』。この曲のヒットにより、由紀さおりは紅白に初出場。写真は『夜明けのスキャット』(2008年9月26日発売、UNIVERSAL MUSIC)のジャケット

30代前半の頃はヒットメーカーとして、年間300曲ほど書いていたという山上が、年下の音楽家だった村井邦彦と一緒にアルファミュージックを設立したのは、ソングライティングをするなかで意気投合して、将来への夢が共有できたからだったという。