世界金融危機を招いた「悪魔的な思いつき」
それはいにしえの無害なアイデアからはじまった。何十年にもわたって、農家の人々は作物の価格低下に備えるため、事前に合意した価格で翌年の収穫を売る権利(オプション)を買っていた。
これは保険契約以外のなにものでもなかった。小麦農家は保険料を支払って小麦価格の暴落に備えていたのである。
このアイデアが最初に有害な何かに姿を変えたのは、保険の対象となる「モノ」がたとえば小麦のような実体のあるものでなく、賭けやギャンブルになった時だった。
ジャックが100万ドル分の株式を買おうとしていると考えてみよう。小麦価格の暴落から身を守るために保険をかける農民と同じように、ジャックはジルから「逃げ道オプション」、つまりジルに自分の株式を、たとえば80万ドルで売る権利を買うことができる(するとジャックの損失は最悪でも20万ドルにとどまる)。
ほかのどんな保険でも同じだが、災厄に見舞われなければ(つまり株価が2割減の80万ドルを下回らなければ)、ジャックの保険(またはオプション)は何の得にもならない。だが、もしジャックの株価が4割下がれば、ジャックは損失の半分を取り戻せる。これなら最悪ってわけでもない。
このようなオプション(またはデリバティブ)は、ブレトンウッズ体制(注:1944年に提唱された、米ドルを基軸通貨とする大胆なグローバル金融システム)のもとでも存在した。これが本当に危険な何かに姿を変えるには、ブレトンウッズ体制がまず崩壊しなければならなかった。
ブレトンウッズ体制の崩壊によって、銀行はニューディールの鎖から解き放たれ、まずは他人のカネで、その後は自分たちが無から生み出したカネで、株式市場で賭けを行うことが許されるようになった。
まもなくウォール街は活況になり、1982年以降は特に勢いを増した。金融業界の成功者たちは何の理由もなく、みずからを宇宙の無敵の支配者だと思い込むようになった。
その思い込みに影響されて、彼らはあることを思いついた。(価格下落に備えるための保険として)株式を売るオプションを買う代わりに、さらに多くの株式を買うオプションを買えばいいのでは?
おそらく、皆さんはクレイジーだと思うに違いない。だが、その狂気が莫大な金儲けの不協和音の中で気づかれることはなかった。