心が砕けた夫の衝撃的な言葉

長年にわたる生きづらさの正体がわかり、ようやく前を向くことができたのだが、試練はこれで終わりではなかった――。

3年ほど前に卵巣がんになり、治療の影響もありホルモンのバランスが崩れて、更年期のような症状が出てしまったのだ。不安定な様子を見て、また夫は精神科に連れて行こうとする。

自分を精神病の患者として見る夫の目から逃れたくて、野中さんは自室にこもって抵抗した。また病院に連れて行かれたら「心が死んでしまう」と思ったので、近所のママ友に「助けてほしい」とSNSでメッセージを送ると、理学療法士の資格を持つ友人が来てくれた。アドバイスに従い婦人科を受診。ホルモンを補充するテープを貼ると、ウソのように症状が落ち着いた。
 

1週間ぶりに部屋から出てきた妻に、夫は高圧的な口調で言った。

「母親なのに、ひきこもりやがって」

そのときの夫の怖い顔が野中さんは忘れられないという。

「俺に歯向かったなみたいな感じで、たぶん敵認定されたんじゃないのかな。その一言でドカンってきて、私にとっては惑星が粉々になるぐらいの衝撃でしたね」

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それ以降、野中さんは夫と心の距離を置いている。日々の母親業をこなすため、何も感じないように仮面をかぶり、極力目を合わさないようにして、笑顔を浮かべることもしなくなったそうだ。

がんは早期発見だったとはいえ、一度は自分の死を意識したことで、子どもたちへの接し方も変えることにした。

「それまでは母親だから何でもしてあげなくちゃと頑張ってやってきたけど、私がいなくなっても困らないよう、1人で何とかできるようにしたほうがいいんだろうなと思ったんです。全部本人に任せて、予定も子どもから言うまで聞かない。それで、うちの子だけお弁当持って行かなかったこともあるけど(笑)、本人は帰ってから食べればいいと思ったと言うから、まあいいかと」
 

自分の気質を理解した上で、ほどよく力を抜いて、何事も我慢し過ぎないコツをつかみつつあるという野中さん。少し前から雑貨店で販売の仕事も始めた。

「夫のことは今でも愛しています。それなのに、本音で話せなくなってしまったから、すーごい寂しいし、つまんない。私がもっと精神的に自立したら、また、夫と笑いあえるかなと思っています」

きっぱりとした顔でそう言うと、野中さんは弾けるような笑顔を浮かべた。
 

〈前編はこちら〉(前編)『トイレで衝動的に裸になったひきこもり48歳女性が抱え続けた家族への罪悪感』

取材・文/萩原絹代 写真/Shutterstock