安倍構想への追随もためらわず

尹の大統領就任はアベにとらわれてきた韓国政治に風穴を開けた。

22年12月28日に公表された韓国初の包括的な外交・安全保障指針「自由・平和・繁栄のインド太平洋戦略」は、「台湾海峡の平和と安定が、朝鮮半島の平和と安定に重要」と明記し、韓国で台湾と朝鮮半島のリスクを結びつけた初めての文書である。

台湾有事に備え、自由や人権を重んじる国々と手を携える決意や、台湾海峡および近海の安定が自らの平和に欠かせないとする韓国自身の問題認識を盛り込んだ。

「インド太平洋戦略」という名称を使ったこと自体が韓国政府の大きな変化を物語る。「自由で開かれたインド太平洋戦略」という言葉の生みの親は日本の安倍であり、米国によって広まった概念だ。「台湾有事は日本有事」と語っていた安倍は国際社会に同調を呼びかけた。

安倍と激しくやり合った文大統領時代は同構想と距離を置きたいとの意識が韓国政権内に浸透していた。その点、尹は日本や安倍へのわだかまりが全くない。

文前政権はインド太平洋戦略に対し「中国囲い込み」と猛反発する中国政府に配慮して終始、消極的だったのに対し、尹政権は韓国独自の外交文書で堂々と打ちだした。

感情よりも戦略を重視する尹らしい決断だ。岸田文雄政権時代に日韓両首脳の手を結ばせたのは、緊迫する安全保障情勢への危機感だが、日本側も尹の覚悟を認めるほかなかった。


文/峯岸 博 写真/shutterstock

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『日韓の決断 』(日経プレミアシリーズ) 
峯岸博
極右政治家の象徴として韓国が忌み嫌った「アベ」が亡くなったことに、韓国人はなぜ困惑しているのか_5
2023/7/8
1,100円
280ページ
ISBN:978-4296117451
【内容紹介】
《変容する日韓の深層に迫る》

2022年5月に韓国大統領に就任した尹錫悦氏は、文在寅前政権の対日政策を刷新し、「国交樹立以降で最悪の状態」を改善するため大きく舵を切った。2023年3月には、「日本はすでに数十回にわたり、私たちに歴史問題について反省と謝罪を表明している」と明言。過去に縛られる日韓関係を根本的に変える強い決意を示した。日本はどう応えるべきか。『日韓の断層』で両国の亀裂の深みに迫った日経のベテラン記者が、双方の社会で静かに進む変化を捉え、両国の今後を探る。

●経済成長の続いた韓国では、1人当たりGDPが日本を追い抜き、先進国入りを実現した。政権交代を後押しした新しい世代が台頭する一方、歴史・伝統に固執する「民心」が存在感を誇示しており、社会の二面性に特徴がある。本書は、この韓国社会の特性と見え隠れする変化の底流を対日関係と絡めて読み解く。とくに尹政権を誕生させたイデナム(20代男性)・イデニョ(20代女性)の実像、成熟しない政治やメディア、成長する経済と豊かさを実感できない民衆の姿などを取り上げる。

●日韓最大の懸案である徴用工問題では、尹錫悦大統領が大きく踏み込んだ決断を表明した。「反日の政治利用」を韓国大統領自らが言及したことは、日本人を驚かせた。従来の韓国の政権とは大きく異なる尹大統領の決断は、どのような背景のもとで行われたのか、今後はどうなるのか、鋭く分析する。

●企業の海外展開が加速し、ビジネスの面では日本以上に世界を意識している韓国。一方、安全保障の面では中露、北朝鮮に対峙し、緊張の度を増している。2022年11月には、韓国が避けてきた「インド太平洋」戦略を発表して日米と歩調を合わせる姿勢を見せた。中国に対する複雑な国民感情、米国との関係改善、強硬な北朝鮮。日韓が置かれた厳しい状況についても、わかりやすく解説した。 
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