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なぜ韓国の政治家はよく土下座するのか

韓国政治をウオッチしていると、日本人には奇異に感じられる光景にときおり出くわす。2022年3月9日投開票の韓国大統領選で、革新系与党「共に民主党」の大統領候補、李在明がみせた「土下座」もその1つだ。選挙戦のさなかのある日、党の失政をわびるとして突然、報道陣のカメラに向かって土下座し、床に頭を擦りつけた。

韓国の政界で土下座は珍しいものではない。04年3月、筆者もソウルに赴任した直後に国会内で目撃した。当時の記事が残っている。「与党のウリ党議員は議場で全員がひざまずき涙を流しながら『盧武鉉大統領の弾劾を阻止できずに申し訳ございません』と国民に謝罪。
床をたたいて悔しがったり投票箱を投げつけたりして怒りを表す議員もいた」。

日本で長く政治記者だった筆者には新鮮な光景に感じられ、急いで原稿を東京のデスクに送った。喜怒哀楽の感情を可視化させる隣国の「動の政治」を目の当たりにした最初の経験だった。

サムライ文化と儒教文化の違いだろうか、土下座姿に屈辱感を覚える日本人と比べると韓国人は抵抗が少ないようにみえる。朝鮮王朝時代を描いた韓国ドラマでも、王様に対して臣下の者が「チョーナ~」と地面や床に額を擦りつける場面をたびたび見かける。

なぜ韓国政治家はすぐ土下座するのか。土下座、丸刈り、断食…喜怒哀楽の感情を可視化させる韓国「動の政治」が低支持率の岸田首相を評価している理由_1
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土下座は謝罪の気持ちだけでなく、相手を敬う意思の表れ

韓国人に聞いてみると、土下座は謝罪の気持ちだけでなく、相手を敬う意思の表れでもあるそうだ。先祖の命日に祭壇の前でなされる先祖崇拝の伝統儀式チェサなどでの「クンジョル」という最も丁寧なお辞儀も、ひざまずいて頭を深々と下げるスタイルだ。

興味深いのは、そんな土下座と一般市民の日常生活との落差だ。「韓国人は相手にあまり謝らない、または謝りたがらない」というのが、計6年半に及ぶ私のソウル暮らしを通じて抱いた韓国人への印象だからだ。

日本人はよく謝る国民と言われる。店員を呼ぶときなども「すみません」だ。「申し訳ありません」という言葉も頻繁に使うだろう。韓国でも友達同士なら「ミアネ」(ごめんね)と言うが、その程度だ。仕事の付き合いなどで日本人が韓国人に軽い気持ちで「チェソンハムニダ」(申し訳ありません)なんて口にすると「いやいや、とんでもありません」とかなり恐縮されるはずだ。

なぜ韓国人は普段あまり謝らないのか。その理由を仲の良い知人に聞いてみたことがある。

すると「謝れば責任を伴うから」との答えだった。

つまり、韓国では自分が非を認めれば、例えばボランティアのような社会福祉活動をしばらく続けるといった謝罪の気持ちを具体的な行動で示さなければいけなくなる。相当な覚悟が必要であり、うかつに口には出せないという解説だった。