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なぜ「9割のがんをカバーする」ことが可能なのか

なぜ光免疫療法は「9割のがんをカバーする」ことが可能になるのか、その答えがこの抗体にあるからだ。

「光免疫療法は理論的に、それぞれのがん抗原に適合する抗体があれば必ず効果が出る治療法です。最初に認可された薬の抗体はセツキシマブで、EGFRをターゲットにしています。でもIR700と結合する抗体を変えてやれば、別のがん細胞を狙うことができます。がん治療の分子標的薬としてFDA(米食品医薬品局)に認可されている抗体はすでに35種類以上あります。認可されていないものも含めれば、それこそ星の数ほどある」(米国国立衛生研究所・小林久隆主任研究員)

これら抗体は分子標的薬として使う場合、がん細胞の働きを抑える役割を担うためには、ほぼすべてのターゲットにフタをしなければならないので大量に投与する必要がある。

だが光免疫療法で使う場合はIR700が直接的に攻撃するため、使用量も圧倒的に少なくてすむという。使用量が少なければ、当然、医療費も安価ですむ。

「使用量は分子標的薬として使う時の約10分の1以下まで抑えることができます。もともと抗体の副作用というのは少ないのですが、量が少なければ副作用もさらに抑えられます」

2023年現在、光免疫療法はアキャルックスと名づけられたIR700とセツキシマブの複合体を使って一部の頭頸部がんに対応しているが、それはEGFRが最もポピュラーながん抗原だからだ。

全がんの2割強に発現するEGFRは、乳がんのおよそ2割を占め、特に悪性度が高い「トリプルネガティブ」というタイプでも多く発現している。

「IR700と、例えばトラスツズマブを結合すれば、HER2陽性型の乳がんや大腸がんなどにも対応できるようになるわけです」

人類の希望…9割のがんに効果があるという「光免疫療法」の真価とは。「物理的にがん細胞を壊す」「再発しても免疫細胞がいち早く反応」_1
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光免疫療法の特徴は、この拡張性の高さなのだ。

実際、すでにマウス実験ではこのIR700+トラスツズマブの複合体がHER2陽性型の乳がんに効果的であるという。

「僕が光免疫療法が8割、9割の大部分のがん種に対応できるはずだと考えている論拠はここにあります。ほとんどのがん細胞には目印となる特異ながん抗原があって、対応する抗体もすでに見つかっています。たとえば胆管がんなら多くにCEAという抗原が過剰発現していますから、IR700とCEA抗体を合成してやれば胆管がんにも効くはずです」

ほとんどのがん抗原に対応する抗体がすでに市販化されていることが重要だと小林は言う。

「まずはそこにあるものを使いましょう、ということです。市販されている抗体を使った方が開発スピードも間違いなく速い。それに安い。そう考えるのが自然です。やっつけたいがん細胞の抗原に合致する抗体があれば、あとはIR700とくっつけてやればいい。そうすれば光免疫療法は作用するはずですから」

光免疫療法が「発見」される前、2009年5月に小林らは、4種類のがんを同時に光らせるマウス実験を成功させている。この実験結果は、IR700とさまざまな抗体を合成してやれば、それぞれのがん種にIR700を届けてやれることを示している。

「肺がん、乳がん、大腸がん、甲状腺がんを同時に発症させたマウスを準備して、それぞれのがん抗原に対応する別々の抗体と色素を結合させてマウスに注射しました。そうすると、狙った通り、それぞれのがん細胞が別々の色に光って、がんの種類を色で仕分けることができました」

2020年2月には名古屋大学の研究グループが、小細胞肺がんに特異的に発現するDLL3という抗原に対応する抗体とIR700を合成、細胞実験でがんを消すことに成功している。

「抗体医薬は今後も大いに発展していく分野だと思います」と小林は言う。

「実際、世界中の製薬会社がこぞって新しい抗体の開発に力をいれています。現在、アキャルックスにはセツキシマブを使っていますが、近い将来、さらにいい次世代型の抗体が開発される可能性もある。その時は新しい抗体と取り替えて新薬を設計してやればいい。光免疫療法はそういう設計の変更も容易です」