世界のトレンドから逆走する外苑再開発

斎藤 ロッシェルさんは五輪開催時に、代々木公園であった樹木伐採についても反対の運動をなさってましたよね。

ロッシェル はい。ですが、私自身はべつに環境活動家でもなく、NGOで働いているわけでもなく、普通のビジネス・パーソンです。でも、そんな普通の市民でも、社会運動はやればできるのです。

実は、シカゴに住んでいたときも、似たようなことがありました。家の近隣で、その地域に見合わないほど大きな映画館が造られることになったのです。シカゴ市には東京と同じく区という行政単位がありますが、その地域の区長と開発者の間で汚職も噂されていました。

それで私たちは市民グループを作って反対運動を行い、開発をストップさせました。私がリーダーだったわけではありませんが、区長から電話がかかってきて「お前は勝った」と言われました。いまから20年前の話です。

みんなで力を合わせれば、不適切な開発計画を止めることができる。これが私の成功体験です。だから神宮外苑再開発にも反対の声をあげようと思ったのです。

斎藤 神宮外苑をはじめとする都市の緑地を減らして、商業施設や箱物を増やそうという日本の再開発は、世界のトレンドからは全く逆の方向です。ほかの大都市では、公園や広場、街路樹などを増やしていく流れになっています。

これは当然、気候変動への危機意識があってのことです。『人新世の「資本論」』(集英社新書)では、「気候非常事態宣言」を掲げるスペインのバルセロナ市の取り組みを詳しく紹介しましたが、世界の大都市は気候変動対策を真剣に取り組みを始めています。

ロッシェル ニューヨークでも100万本の木が植えられました。

斎藤 パリの試みも注目に値します。パリの凱旋門の周りは車が多すぎることが問題になっていました。そこで、再開発によって凱旋門からコンコルド広場までを4車線から2車線に減らし、自転車や歩行者に優しいモデルに変えていこうとしています。もちろん緑も増やすことになっています。

これは自動車に奪われていた空間を市民の手に取り戻す試みと言っていいでしょう。もちろん、これはヒートアイランド現象への対策にもなっています。パリは2024年にオリンピックが開催されますが、同じくオリンピックが開催された東京の再開発が緑を減らすことに執着しているのと比べると、あまりにも対照的です。

ロッシェル 都民はみんな、東京は暑くなったと言っていますが、東京の暑くなりかたは異常です。気候学者である三上岳彦名誉教授(東京都立大学)のお話を聞いたことがあるのですが、過去140年の世界各地の平均気温の推移を見ますと、ニューヨークと北京の気温の上昇の仕方は地球全体の平均気温の上昇の仕方とほとんど変わりません。ところが、東京の平均気温はその2倍の速度で上がっているのです。

斎藤 地球全体の気温の上昇も異常なのに、東京はとくにヒートアイランド化が進んでいるのですね。そのうえ、神宮外苑の緑が減ったら、いったいどうなるのか……。

秩父宮ラグビー場&神宮球場の建て替えに高層ビル建設…問題だらけの外苑再開発計画にNOを!〈斎藤幸平(『人新世の「資本論」』×ロッシェル・カップ〉_3
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経済合理性にも欠ける再開発

ロッシェル 私がこの外苑再開発に反対している個人的な理由は、樹齢100年の木々や美しいイチョウ並木を守りたいからなのですが、最後に、MBAホルダーのビジネス・パーソンとしての視点でも話をさせてください。

まず最初に疑問に思っているのが、明治神宮が本当に財政難で、そのせいで開発が必要なのか、ということです。これは外側からは本当のことはわかりませんから、ぜひ本当の状況を公開してほしい。

斎藤 もし財政難なら開示してほしいですよね。この景観を守るために国や都のお金を入れればいいし、あるいは市民の寄付を募ればいい。

ロッシェル それに、この再開発に長期的な経済的利益があるのか、疑問なんですよ。たとえば、神宮球場や秩父宮ラグビー場を建て替えて経済的なメリットがあるのか、どうか。

斎藤 東京都は建て替えの理由として、老朽化をあげています。もちろん環境問題を考える私としては、古い建物を長く使ってほしいのですが。

ロッシェル 確かに古くて、神宮球場は1926年、秩父宮ラグビー場は1947年に造られています。しかし、アメリカの野球場を見てください。たとえばシカゴのリグレー・フィールドは1914年、ボストンのフェンウェイ・パークは1912年のオープンです。どちらの球場も歴史的価値があるとして、野球ファンの間では、非常に人気が高いのです。これを経済的な意味に言い換えると、歴史の重みは魅力であって、集客につながり、経済合理性があるのです。

もちろん両球場とも、老朽化の危機は改修事で対応しています。もし建て替えていれば、歴史的価値が下がり、人気も落ちて、経済的にも打撃があったはずです。

日本でも神宮球場と同じ時期に造られた甲子園の老朽化が進んでいましたが、建て替えではなく改修で対応しています。しかもシーズン・オフに改修工事ができたので、問題はなかった。巨額の資金を使って、試合の質が下がるような不適切な計画のスタジアムを作るよりも、現在の神宮球場や秩父宮ラグビー場をしっかり改修すればいいんですよ。

斎藤 なるほど。

ロッシェル 私は外苑再開発に関して文科省と国交省に「建て替えとリノベーションについて比較調査を行いましたか」と質問したことがありますが、「行っていない」という答えが返ってきました。要するに、建て替えありきだということです。

斎藤 ただ、高さ規制が撤廃されたあとにビルを高層化するのは、安く土地を手に入れるのと似ているので、企業側は得をするのではないですか。高層ビルはエネルギー効率がひどく悪いので、自分は反対ですが。

ロッシェル 高層ビルも、建てたところで空室が発生するんじゃないでしょうか。コロナ禍以降、リモートワークが普及しており、オフィスビルを構える必要性は低下しています。この計画はコロナの前に作られたものだから、コロナの影響が考慮されていないのです。

また、東京では数多くの再開発プロジェクトが進行しており、2023年には虎ノ門や八重洲、渋谷などで大型オフィスビルが次々に開業します。そのため、「23年の崖」という言い方がされています。

いま都心のオフィスは供給過剰状態で、空室率が6%を超えています。専門家に言わせれば、空室率6%は非常に厳しい数字です。これが2023年により一層悪化する恐れがあるのです。

斎藤 たしかに、こうした状況の中で神宮外苑にさらにオフィスビルを造るなど、まったく合理性がありません。神宮外苑の一部は新宿区ですが、すぐ近くの新宿駅にも高層ビルの建築計画が発表されました。

予測の甘い計画でいいのか?

ロッシェル 神宮外苑の高層ビルのなかには、オフィスのほか、ショッピング・モールやホテルが入ります。そういったものも東京のどこにでもあり、集客のかなめにはなりえません。神宮外苑ならでは、という魅力をもつのは、やはり100年前に計画されたイチョウ並木を中心にした景観です。

同じように、新ラグビー場のイベント・スペースも収益があがるとは思えません。新国立競技場でもイベントが開催できるようになっていますが、開催したがる業者は少なく、赤字続きで、納税者にとって大きな負担になっていることがすでに大きく報道されています。ラグビー場は新国立競技場のすぐ隣ですから、そこをイベント・スペースにするなど、経済合理性に欠けると言わざるを得ません。

斎藤 そもそもコロナで人はあまり集まらないし、これから少子化でコンサートに行く世代も減っていく。これから続く円安の影響も無視できません。海外のバンドは、円安の日本でコンサートを開いても利益が出にくいから、来日公演も減っていくでしょう。今報道されている国立競技場の維持費年間20億円超を国が負担という予測さえも甘いものになるかもしれません。

市民の力が試されるとき

ロッシェル 今回の再開発では、結局、長期の視点での財務予測がまったくされていないのです。

斎藤 要するに、東京はオーバー・ディベロップメントなんですよね。今回の再開発のような無理筋の計画を押し通そうとしても、結局、得られる利益は少ない。東京はすでに成熟した経済なので、利潤を生もうとしても、矛盾が蓄積するだけなのです。それにもかかわらず、日本はいつまでも、昭和の開発モデルにとらわれている。

ロッシェル むしろ100年前に、100年後を見越して神宮外苑の木々を植えてくれた人たちのほうが立派です。

斎藤 先進国はどこでも経済成長の限界にきています。そんな社会で金儲けをしようとすれば、環境を破壊し、人々の暮らしを抑圧していくことになる。GDPでは測れない本当の豊かさを考えるべきときなのです。

神宮外苑は、あまりお金を使わなくとも市民が自分の時間を豊かに過ごすことのできる場所でした。ある意味、私が目指したい脱成長経済の先取りをしている公共空間です。こうした公共空間の破壊が全国で進んでいますが、まずは市民の力で神宮外苑の再開発にストップをかけたい。

『人新世の「資本論」』では、3.5%の人たちが立ち上がると社会が変わるという話を紹介しました。ハーバード大学の政治学者の研究によるものですが、この立ち上がる市民の輪にできるだけ多くの人に加わってほしいものです。

ロッシェル ええ、私たち市民の力が試されています。

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