『上を向いて歩こう』

20世紀はラジオやテレビといった放送メディアが発展したことや、レコードの製造や再生機の普及などによって、音楽の表現領域とその影響力が大きく拡がった。

そんな時代のパイオニアだったのが、ラジオとテレビの放送作家からスタートし、20代の半ばから30代にかけての10年間、作詞家として活躍した永六輔である。

一貫して市井の生活者の視点を持ち続けた永六輔だったが、才能を発揮し始めたのは中学生の時で、まだ東京が焼け野原だった頃だった。

当時の日本で最も人気のあったNHKのラジオ番組『日曜娯楽版』に、コントを書いて応募していたハガキが、番組の中心人物で、作詞・作曲を手がける三木鶏郎の目に留まったのだ。

高校生になると、三木が主宰する文芸部にも自由に出入りするようになっていく。そして早稲田大学に入ってからはスタッフとして参加し、たちまちのうちに人気放送作家になっていった。

大学の先輩で、ジャズ界のスターだった中村八大に頼まれた最初の歌作りでは、1959年に第1回日本レコード大賞に輝いた『黒い花びら』と、21世紀になって広く知られるようになった『黄昏のビギン』の原曲が誕生している。

その後は中村八大とのソングライティングによって、『上を向いて歩こう』『こんにちは赤ちゃん』『遠くへ行きたい』『帰ろかな』など、それまでの流行歌とは異なるポピュラーソングのヒット曲を誕生させた。

『THE BOX of 上を向いて歩こう/SUKIYAKI [生産限定盤]』(ユニバーサル ミュージック)2023年6月15日に発売された復刻版。1961年に日本で発売されたシングル・レコードと、1963年にアメリカで発売されたシングル・レコードを、オリジナルに忠実にモノラル音源で収録されている。2026年12月25日には楽曲の誕生秘話に迫る映画『SUKIYAKI 上を向いて歩こう』も公開予定
『THE BOX of 上を向いて歩こう/SUKIYAKI [生産限定盤]』(ユニバーサル ミュージック)2023年6月15日に発売された復刻版。1961年に日本で発売されたシングル・レコードと、1963年にアメリカで発売されたシングル・レコードを、オリジナルに忠実にモノラル音源で収録されている。2026年12月25日には楽曲の誕生秘話に迫る映画『SUKIYAKI 上を向いて歩こう』も公開予定

また、三木鶏郎の門下である作曲家のいずみたくとのコンビでも、『見上げてごらん夜の星を』を皮切りに、『いい湯だな』『女ひとり』などを作詞し、現在でも歌い継がれているスタンダード・ソングを数多く残した。

永六輔は日本の音楽史において、日常会話に使われる普通の話し言葉による歌詞で、最初に成功した人である。

当時の作詞家は、日本語の特徴である七五調による文語的な表現から、多かれ少なかれ逃れられないでいた。しかし、永六輔はわかりやすい話し言葉を生かしながらも、「橋」と「箸」のイントネーションの違いなどにも気をつかい、西洋音楽のリズムとメロディに自然な感じでマッチする日本語の歌詞を書いた。