北九州とアフガンの共通点
――山岡さんは今回の執筆にあたり、北九州の若松も、アフガニスタンも取材されていますが、双方の土地について、何か共通する匂いのようなものはあったでしょうか。
石炭産地の筑豊から、積出港の若松にかけて、遠賀川流域には「川筋気質」があるといわれています。これは、理屈をこねず、弱きを助け強きをくじく、義理人情に厚い、そんな気風です。多民族国家のアフガニスタンの最大勢力で人口の4割強を占める「パシュトゥン人」のなかにも似たような気質が感じられました。
「パシュトゥンの掟(パシュトゥーンワーリー)」と呼ばれる不文律があり、名誉を重んじよ、訪ねてきた客人は歓待して保護せよ、侮辱や殺害、財産の侵害には報復せよ、といった規範が守られています。そこに北九州の川筋気質に通じる任侠を感じました。
――玉井金五郎を源流として、火野葦平に受け継がれた任侠の流れが、中村哲さんに引き継がれ、アフガニスタンの地に注がれ、パシュトゥンの掟と響き合ったような印象を受けます。
中村さんは最終的にアフガニスタンで、現地の数百人の農民とエンジニア、そして日本から渡航したワーカーの若者たちを率いて、用水路を建設し、沙漠だったところに農地を拓く。その行程は、まさに命がけの難事業の連続でした。中村さんは、スタッフハウス(職員宿舎)の自室に玉井金五郎の写真を掲げていました。若松の玉井家が育んできた仁義を重んじ、弱い者を助ける任侠とつながっている気がします。
アフガニスタン取材に関して、集英社学芸編集部のウェブマガジン『学芸の森』で「中村哲を求めて 取材旅4万2000キロ」という紀行文を掲載しています。そこにも書きましたが、現在、中村さんの事業を引き継いだアフガン人、日本人スタッフの心にも、それは継承されていると思います。
取材・文/集英社学芸編集部













