大河のような存在

山岡 ある人がこの本を評して、中村哲という人は大河のような人だと言ってくれました。この本を書くのはその大河をさかのぼるような仕事だったのでは、と。非常にありがたい感想で、なるほどと思いました。中村哲という大河をいっしょに下ってきた人たちには、やっぱり同じ川のDNAが刷り込まれて、そのあとの自分たちの生き方を選んでいく効果があったんじゃないでしょうか。

須賀川 拓(左)、山岡淳一郎(右)
須賀川 拓(左)、山岡淳一郎(右)
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須賀川 大河、まさにそのとおりの表現だと思います。その源流に当たる、生い立ちも詳しく書かれていますね。

山岡 彼が生まれた福岡、そして2歳から過ごした若松(現・北九州市)と、あの辺りを転々としながら育つわけですが、お父さんは戦前の、共産党が非合法だった時代の活動家で、お母さんは若松の沖仲仕(おきなかし)を束ねる玉井組の親方、『花と龍』の主人公になった玉井金五郎の娘。豪傑肌の女性です。作家の火野葦平(あしへい)は伯父に当たります。

そうした環境で、中村哲は子どもの頃は本当に小柄で繊細な子でしたが、小学生の時に昆虫の世界に目覚めたあたりから脱皮を重ねていく。特に大きな脱皮のタイミングは、中学3年生の時にバプテスト派のキリスト教と出会い、洗礼の一種である浸礼(しんれい)を受けたことでしょう。

須賀川 アフガニスタンでキリスト教のことを悪く言われた時にちょっと悲しそうな顔をしたという話がありましたね。一方で、大学に進学した時は、途中で虫の研究でもできればいいかな、ぐらいのことを思っていたそうで、ぼくはこの点にも共感を持ちました。

つまり、特になにか強烈な原体験があって、その瞬間に生きる道が定まったとか、親から受け継いだ強烈ななにかがあったとかじゃなく、自然と育まれていって、あそこに到着したんだなという、その人間っぽさが描かれているじゃないですか。

ぼく自身も、いまの仕事に就くにいたった原体験は別にないですし、むしろいろいろな戦場や難民キャンプや被災地で経験してきた出会いの積み重ねで、自分の役割や責任みたいなものを感じるようになり、ようやくライフワークだと気づいたのは40代、という感じなので。