中村哲とは、どんな人間だったのか
2019年12月、NGO「ペシャワール会」に所属し、現地代表である医師・中村哲が滞在先のアフガニスタン・ジャララバードで武装勢力に襲われ、運転手や護衛官とともに死亡したことが報じられた。享年73。現地で継続中だった砂漠化した農地に水を引くための用水路の建設現場に向かう途中だったという。犯人は捕まっておらず動機もわかっていない。
中村の生い立ちに始まり、多感な少年時代、学生運動に参加した青年時代、医師としてパキスタンとアフガニスタン国境地域で医療活動を始めてから暴徒の凶弾に倒れるまでの生涯を、彼を支えた家族や仲間100人以上への取材を敢行して克明に書き上げたのが『炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅』である。
著者の山岡淳一郎はプロローグで「アフガニスタンを自給自足の国に変えるという中村の遠大な構想は、その後どうなったのか――。それを私はこの目で確かめたかった」と現地に入り、渓谷を切り裂くように作られた用水路を目の当たりにして「中村哲とは、どんな人間だったのか。彼と出会って、なぜ人びとは自分の人生を変えたのだろうか。中村哲の生と死を描いてみようと思った」と語っている。
中村が滞在した最初の時期はソ連(現・ロシア)の侵攻によるアフガニスタン紛争時。その後イスラム原理主義のタリバンに支配されるも内戦が繰り返される。
2001年、アメリカで同時多発テロが起こり、首謀者と目されたオサマ・ビン・ラディンが潜伏しているとしてアフガニスタンがアメリカから空爆をうけた。旱魃による飢餓が進行するアフガンの人へ食料を配ることを決意した中村は日本で基金を募り、結果的に7憶6500万円もの寄付が集まった。その使い道の一つがアフガン人自身による復興、自給自足を促進する「緑の大地計画」である。医療、農業支援とともに灌漑事業へと広がっていく。
1人の日本人医師が海外の紛争地に赴き、現地の人に医療を施すことを皮切りに、彼らの水不足に真っ向から取り組み、井戸を掘り、用水路建設に取り組んで灌漑を成功させてしまうなんて、途方もない偉業であることは間違いない。
この男の血は共産党活動家の父と、北九州の沖仲仕の親方の娘である母から受け継いだものである。伯父が作家の火野葦平であることを本書で知る。火野のベストセラー小説『花と龍』が描いた命を懸けてその土地を守り、家族や仲間と団結するという一本筋の通った世界観をそのまま背負っているようだ。
中村自身の著作も多く、そこから想像できるのは、志を高く持ち男気にあふれる姿である。
だが本書では彼を補佐した日本人やアフガニスタン人ひとりひとりから丁寧に話を聞き、彼らから見た中村哲を描いていく。それは今まで私が持っていたイメージと少し違っていた。
時に理性を欠くほど火のように熱くなるのだが、時に情勢を見極めつつ冷徹な判断を下す。負けず嫌いで日本政府や世界の趨勢に反対の旗幟を鮮明にして孤高の姿をさらすのだが、息抜きに読むのは『クレヨンしんちゃん』の漫画。「ドクター・サーブ」と尊敬されながら、飾らない姿から「カカムラ(ムラおじさん)」のニックネームで愛されていたことは微笑ましい。
現在「ペシャワール会」ホームページ冒頭には「中村哲医師が実践してきた事業はすべて継続し、中村哲医師の希望はすべて引き継ぐ」と謳っている。「緑の大地計画」は続く。
文/東えりか













