中村哲のルーツへ迫る
──中村哲さんに関する書籍は、ご本人が執筆されたものも含めて多々あります。しかし、生い立ちから医師になり、後に用水路建設をおこなうまで、これほど詳しく書かれた評伝はありませんでした。本書ではこれまで光が当てられてこなかった事実を次々と掘り起こし、中村哲さんの人間像に深く迫っています。なぜ、中村哲さんの来歴を深く掘り下げたノンフィクションを書こうと思われたのですか。
山岡淳一郎(以下同) 中村哲さんは、いまや教科書に出てくるような偉人です。が、生まれたときから偉人だったわけじゃない。いったい誰とどう出会い、どんな体験をして、悩んだり喜んだり、泣いたり笑ったりしながら、命を救う壮大な事業を展開する人物になったのか。その人間ドラマをとおして、中村さん、中村さんとともに歩んだ「名もなき人」たちの人生を浮かび上がらせたいと思ったからです。
カリスマ一人では、米軍が爆弾の雨を降らせるなか、トラック隊を編成して27万人分もの食料をアフガニスタンに運んだり、ヘリの銃撃を受けながら用水路を建設したりはできません。もちろん中村さんの大局観や戦略、人を巻き込む力はすごいのですが、ご本人が書いたり、語ったりしなかった(できなかった)ところに集団でことをなす大切なものがある、と思ったんです。
──前半、中村さんのルーツのひとつである母方の祖父・玉井金五郎さんと、伯父にあたる作家・火野葦平さんについての記述が非常に興味深く、印象に残りました。
玉井金五郎は、明治時代に愛媛の松山の農家に生まれ、青年期に石炭の積み出しで賑わう北九州に渡って、腕っぷしと度胸で、沖仲仕(港湾荷役労働者)を束ねて「玉井組」を立ち上げた親方です。最盛期には100人もの沖仲仕を傘下に入れ、炭鉱主を相手に待遇改善のストを打ったりもしている。金五郎の長男が後のベストセラー作家・火野葦平。次女が、中村さんの母親の秀子さんです。
──金五郎さんの写真を見ると、面差しが中村さんによく似ていて、驚きます。
金五郎と、孫の哲さんは見た目も瓜二つで、性格も似ていたと、中村さんの従弟の玉井行人さん(サッカーJ3・ギラヴァンツ北九州会長)からうかがいました。中村さんは伯父の葦平を敬愛していたし、少年期には自分も伯父のような物書きになりたい、と心を許した人に語っていました。













