「『虎に翼』はドラマ史に残る名作」
山内 『虎に翼』、素晴らしかったです! 朝ドラは毎作チェックしていて、再放送で見た『おしん』が最高傑作だと思っていましたが、それに匹敵するようなドラマ史に残る名作でした。ロケ地めぐりで名古屋市の市政資料館にも行ってきました。
吉田 ありがとうございます。うれしいです。
山内 ひとつお聞きしたかったことがあって。序盤の明律大学編が本当にキラキラしていて、『ぼっち・ざ・ろっく!』(2022年)みたいに女子がわちゃわちゃしている魅力があります。ずっと見ていたいと思わせるパートでしたが、意外と短くて。あそこを引き伸ばすこともできたと思うのですが、そうしなかったのには理由があったのでしょうか。

山内マリコ(やまうち・マリコ)
小説家。1980年、富山県生まれ。2008年に「女による女のためのR-18文学賞」で読者賞を受賞。12年『ここは退屈迎えに来て』で作家デビュー。その他の著書に『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』『一心同体だった』『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』『マリリン・トールド・ミー』『逃亡するガール』などがある
吉田 明律大学編は、プロローグのつもりで描いていたんですよ。あの頃の寅ちゃんは、努力ですべてを変えられると信じているし、支えてくれる仲間もいる。人を傷つけることもないし、誰からも好かれて、無敵のきらめきを放っている。そんな彼女の姿が視聴者の心をつかんで、このパートをいちばん好きになってくれるんじゃないかなって、当初から想像していました。
だからこそ、万能感が永遠に続くと信じていた寅ちゃんが仲間を失い、仕事でも心を折られて、自分のことを特別だと思わなくなってからが、真の意味で視聴者と寄り添う存在になる。だから勝負だなとも。
山内 ああ、なるほど。あとから、あれはかけがえのないものだったと気づく宝物みたいな時間だから、すごく潔くいかれたんですね。女学生だった戦前と、母として迎えた戦後で、寅ちゃんの背負うものもまるで違っていきます。女性の社会的立場の変遷だけでなく、寅ちゃんは人を傷つける側にもまわってしまうし、権力を象徴する存在にもなってしまう。
吉田 寅ちゃん自身が「スンッ」される側になる過程を描くことは、大事だなと思っていました。同時に、主人公だからといって、何かを成し遂げる人だからといって、ずっと同じモチベーションを保ち続けている必要はないし、間違ってもいいんだと。寅ちゃんが「はて?」を失う姿も大事に描いていました。
その紆余曲折が、最終的に寅ちゃんが自分は特別ではない、特別にさせたのは時代なのだと思うところにつながるので。
山内 納得です。人は変わるし、そのことを描くことはとても真摯なドラマ作りの姿勢だと思います。作者はいくらでも恣意的にコントロールできてしまうから。
吉田 あと、ドラマをつくるうえではどうしても、登場人物を固定して描きがちで、それが感情移入につながるから大事なことではあるんですけれど、現実にはそれほど強固な人間関係を長く続けていけることって稀じゃないですか。自分にはない、スペシャルなものを主人公が持っているというだけで、自分事として観てもらえないこともあるんじゃないかな、と思うんです。
環境によって自分自身の考え方や価値観も変わるし、それによってつるむ人も、昔から知っている人との関係性も変わっていく。そういう、本来あるべき姿を描きたいという気持ちはつねにあります。