もともとは小説家になりたかったんです(吉田)
――吉田さんも現在、長編小説を執筆中なんですよね。ドラマなどの映像作品とはまた違う、小説だからこそ描けるものというのも、実感されているのでしょうか。
吉田 小説は、物語の世界に入って著者の言葉を浴びたい人だけが手にとるもので、じっくり作品に向き合う時間をとらなくちゃいけないぶん、贅沢品になりつつあるのは悩ましいんだけど、そのぶん価値観や偏見にひびをいれてくれる、特別な一冊になる可能性も高いんですよね。
私はもともとは小説家になりたかったんです。脚本の仕事が楽しくなって本業になった後も、いずれ小説を書くときに生きるかもしれないという想いがありました。ですが、『恋せぬふたり』(2022年)というドラマの脚本と併せて小説も書かせてもらえるとなったとき、あまりに文章を書けなくなっている自分に衝撃を受けました。
小説の執筆は6、7年ぐらいブランクがあったんですが、こんなにも言葉が出てこなくて、どうしたらいいかわからなくなるものなんだなって。でも、考えてみればあたりまえですよね。同じ料理人だからって、ずっとお寿司を握っていた人がケーキをつくれるわけがない。

脚本家・小説家。1987年、神奈川県生まれ。テレビドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『恋せぬふたり』(第40回向田邦子賞受賞)『虎に翼』(第33回橋田壽賀子賞受賞)、アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』『前橋ウィッチーズ』など話題作の脚本を手掛ける。おもな小説作品に『にじゅうよんのひとみ』『恋せぬふたり』など
山内 ものすごーくわかります。私は小説修業がてら1年ほどライターをしていた時期があるのですが、無記名原稿だからとにかく主観を排したニュートラルな文章にしなくちゃいけなくて。
表現に自分の色が出るとノイズになってしまい、編集さんに片っ端からチェックされてしまう。だんだん適応して書けるようになりましたが、その代わり染み付いた無個性な書き方の癖を抜いて自分らしい表現を取り戻すのに、2年くらいかかりました。
吉田 そうなんですね。『恋せぬふたり』は自分の書いた脚本をもとにしているから、まだ道筋を見つけやすかったというか、最終的に自分でも納得のできる文章を書けたんですけど、山内さんのおっしゃる、自分らしい表現がどういうものなのか改めて模索しているところです。
奇しくも、少し前に『にじゅうよんのひとみ』という2016年頃に書いた作品を文庫化するお話をいただいて。久々に読み直したら、我ながらめちゃくちゃいい文章を書いているんですよ。私の好きな、書きたい文章が並んでいて。今はどうあがいても書くことのできないその文章をどうすれば取り戻せるかなあと、うんうん唸ってます。
山内 取り戻そうとして当時の表現に固執すると、過去の自分を模倣するだけになってしまって、それはそれで壁を超えられなくなるんですよね。私は去年、デビュー作の『ここは退屈迎えに来て』を刊行して12年経ったこともあり、今の若い読者はひとまわりも昔の小説なんて手にとらないだろうからと、リブート版のつもりで『逃亡するガール』(2024年)を書きました。
そのとき意識していたのが、セルフリメイクではあっても自己模倣しないこと。自分がどういう作家なのか、もう一度デビュー作を書くつもりで出したら、けっこう評判がよくて。あ、こういうのが求められていたのかと。吉田さんもセルフリメイクくらいの気持ちで挑んだほうが、今の自分にぴったりの表現を見つけられるかもしれません。
吉田 ありがとうございます。今はどうしようどうしようとそればっかりで、全然筆が進まなくて(笑)。プロットはすでに固まっていて、血縁の呪いを描きたいなと思っているんです。恋愛や結婚、子をなすことに、いまだに多くの人がとらわれているなって感じるし、人生をなんのために生きているのかと問われたとき、人が何を答えるのかということを軸に物語を探っていきたいと思っています。