失踪3日後に車に鑑識が…

京都府警によると、結希君は小学5年生だった3月23日の午前中までは生存していたことが確認されている。1つ年上の当時の6年生の卒業式だったこの日、優季容疑者は普段はしないのに自宅から約10キロ離れた学校まで結希君を黒い車で送るため家を出ている。

府警は「この日、学校付近まで被疑者所有の車が来たことは確認した。結希さんが降りたかどうかは回答を控える」と説明しているが、結希君が車外に出ていないことは確実で、この時点で結希君は行方が分からなくなっていた。

優季容疑者は直後に車で家まで戻り、妻である結希君の母親を乗せて再び学校のそばへ。2人で車内にいた11:45ごろ、学校側が母親の携帯に結希君が登校していないと連絡をしてきた。そしてその約15分後、「学校まで子供を送っていったが、迎えに行くと『来ていない』と言われた」と110番している。

府警はそこから動き始め、4月13日夕刻に捜索中の警察官が藪の中から遺体を発見、16日未明の逮捕に至る。現場で取材に当たる記者が話す。

失踪当時に優季容疑者もまいていたビラ(撮影/集英社オンライン)
失踪当時に優季容疑者もまいていたビラ(撮影/集英社オンライン)
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「府警は、結希君の遺体が遺棄された時間帯を『失踪した3月23日朝から遺体発見時までの間』と長くとっています。また場所は公表していませんが、複数の場所でも遺体を遺棄し、転々と移動させていたことを確認しています」

地元の京都新聞は17日、府警が優季容疑者のスマートフォンやカーナビの位置情報を分析し、遺体が見つかった最後の遺棄現場を絞り込むなどしていたと報じた。この“追跡”は早い段階から始まっていた。

「失踪3日後の3月26日、府警は優季容疑者を立ち会わせ、自宅で黒い車の鑑識作業をしています。捜査員は車内のカーナビを調べたりトランクの中の微物を集めたりしており、この車が失踪に絡んで使われたこと、すなわち優季容疑者が失踪に関与したことを疑っていることはその時から明らかでした」(地元記者)