みんなが知っているのは“編集版”の作品だった

まずは『ごんぎつね』のあらすじを振り返ろう。いたずら好きの子ぎつね・ごんが、若い男・兵十が捕まえた魚や鰻を川に逃がしてしまう。しかし、その後にごんは兵十の母が死んだことを知り、兵十が病気の母のために魚や鰻を穫っていたことを悟る。

ごんは自分のしたことを悔やみ、償いの気持ちからひとりになった兵十のために栗や松茸をこっそり届けるようになるが、その思いは伝わらず、兵十からまたいたずらをしに来たと誤解されてしまう。

そして最後、ごんは兵十に撃たれてしまい、死の間際に「お前だったのか。いつも栗をくれたのは」と気づかれる――という切ない結末で、多くの人の記憶に残っている。

国語の読解問題でもたびたび扱われ、「最後、ごんはどんな気持ちだったのか」「ごんはなぜ兵十に栗をあげていたのか」と出題されることが多い。

だが、この広く読まれている現代版の『ごんぎつね』は、南吉自筆草稿『権狐』をもとにしているものの、児童雑誌『赤い鳥』掲載時に編集が加えられた版であり、『権狐』とは重要な箇所に違いがある。しかもその差は、作品の印象だけでなく、ごんの「人物像」そのものにも関わってくる。

特に象徴的なのがラストシーンだ。銃で撃たれたごんは、兵十に「お前だったのか」と気づかれる。広く流布している『赤い鳥』掲載系・教科書系の版では、ごんは「ぐったりと目をつぶったまま、うなず」くだけだが、『権狐』では、その場面で「権狐は、ぐったりなったまま、うれしくなりました」と心情が明確に記されている。

ほかにも多くの違いがあるが、このオリジナル版の普及活動を続け、絵本としてもまとめてきたのが、「国語授業クリエイター」で元立命館小学校教諭の岩下修氏だ。『権狐』と、広く知られる『ごんぎつね』の違いについて、岩下氏に話を聞いた。

「南吉オリジナル版 ごんぎつね」(作・新美南吉、絵・室田里香、制作・岩下修)
「南吉オリジナル版 ごんぎつね」(作・新美南吉、絵・室田里香、制作・岩下修)
すべての画像を見る

「一言で言えば『主題(メッセージ)』そのものが異なります。現在広く知られる『赤い鳥』版は、いわば『償いの物語』です。尽くしても報われない悲劇性や、人間と動物の断絶が強調されています」(岩下修氏、以下同)

たしかに編集版では、兵十のために栗や松茸を届けても、自分のしたことだと気づかれず、神様の行いだと思われていることに、ごんは「引き合わない」と漏らし、見返りを求めるような響きが生まれている。