マッチングアプリで素早く火力を集中

米軍は、この「ジーアイエス・アルタ(GIS Arta)」のようなシステムを使っていないのでしょうか。

米軍には十分な時間と予算をかけて作り上げられた射撃指揮統制システムがあります。米軍や自衛隊では一般的に陸海空のどの火力をいつどこに指向するか、どの程度の射撃効果を得られるかなどを総合的に調整する火力調整所を設けて、火力の配分を短期から長期にわたって計画し、計画的、また臨機に目標に対し攻撃するシステムがあります。したがって、ウクライナのようないわば素人的なアプリは必要ありません。

ところが不思議なことに米軍において射撃の命令から射撃発射までに要する時間は、第2次世界大戦以降、だんだん遅くなっているというのです。

米国防契約管理局のテレンコ氏はツイートを通じ、「ジーアイエス・アルタ」アプリとスターリンク衛星通信の組み合わせが、「米軍の一般的な砲術指揮統制と比較して相当に優れたものをウクライナ軍にもたらした」との見解を示しています。

同氏は「米軍は指令から発射まで、第2次世界大戦では5分、ベトナム戦争では15分、現在では1時間を要している」「いや、書き間違いではない」と述べています。

ウーバー×マッチングアプリ…ウクライナが開発した「大砲のウーバー」がロシア軍を撃破した驚くべき仕組み――テクノロジーがもたらす新時代の戦争のカタチ_4
すべての画像を見る

その理由は、米軍では友軍への誤射防止などのため上層部への確認手続きに時間を要するようになったからだとしています。確かに米軍のように広域に統合的火力を発揮し、そのうえで友軍や民間人へのリスクをなくすための綿密な調整などを行なっているとなると時間がかかると思います。

逆にいえば、統合的な火力を使わない、住民を巻き込む恐れがないなど、統合火力の発揮、安全性などをあまり考慮しなくてよければ、マッチングアプリでとにかく速く効果的に火力を発揮できるわけです。

マッチングアプリと侮ってはいけません。いざとなれば何でも柔軟に活用する態勢だからこそ、そのような運用ができるのでしょう。巨大で硬直化した組織にはなかなかできない発想です。

文/樋口敬祐 写真/shutterstock

ウクライナとロシアは情報戦をどう戦っているか
樋口 敬祐
ウクライナとロシアは情報戦をどう戦っているか
2024/2/7
1,980円(税込)
316ページ
ISBN: 978-4890634453
ロシア・ウクライナ戦争開戦から2年ーー軍隊以外に、民間軍事会社、戦争PR会社、フェイクニュース製造工場、ハッカーなどが戦場の内外で多様で熾烈な戦いを行なっている。防衛省情報本部主任分析官を長く務めた情報分析のプロが、目に見えない情報をめぐる戦いに迫る。「大砲のウーバーシステム」「カラシニコフの代わりにスマホで戦う市民」「ロシアのオリガルヒの不審死の増加」「パルチザンによる戦い」等々…知られざる情報戦争の実相!
amazon