世論を味方につける「ナラティブの戦い」

SNSの発信においては「ナラティブの戦い」も併せて行なわれています。ナラティブとは、「物語」と訳されることが多いですが、安全保障の枠組みでは、「人々に強い感情・共感を生み出す、真偽や価値判断が織り交ざった伝播性の強い通俗的な物語」のことです。その特徴は、「シンプルさ」「共鳴」「目新しさ」です。そのため、状況や相手に応じて柔軟に変化するのも特徴です。

ロシア・ウクライナ戦争では、ロシア側は「ネオナチにウクライナが支配されている」「ロシア人が迫害されている」そのため「抑圧されるロシア系住民を救出するための特別軍事作戦」を実施すると世界に発信しました。

これらのナラティブはロシア国内やウクライナのドンバス地域の住民など東部の一部の人には受け入れられたものの、世界的には受け入れられませんでした。

その後、ロシア占領地域において従来になかった工作活動らしきもの(弾薬庫の爆破、クリミア橋の破壊など)が起こってくると非難の矛先を「ネオナチ」から「テロリスト」へとあっさりと変更しています。より受け入れられやすい物語であれば、過去との整合性など関係ない柔軟なというよりはむしろ無節操な変化が見て取れます。

「ロシアに蹂躙された失地を回復する」「ネオナチにウクライナが支配されている」ウクライナvsロシア「SNSいいね戦争」にみる両国のSNS運用の決定的な違い_2

一方、ウクライナ側は「自国をロシアに蹂躙され失地を回復する」ことをスローガンとし、ゼレンスキー大統領は各国の議会などにおいて、それぞれの国に受け入れられやすい国民感情を揺さぶるような表現を使って、そのナラティブを世界に向けて訴え始めました。

たとえば米国では「パールハーバー」、わが国に対しては「原発事故」「復興」などをキーワードとして、オンラインで訴えかけました。誰もが知る歴史や社会集団の記憶に根差すナラティブは特に拡散しやすい可能性が高いのです。その結果、西側各国からは、ウクライナへの軍事的、経済的支援がすぐに集まりました。

ウクライナ側が語るナラティブも、必ずしも正しいわけではありません。たとえば2月24日のズミイヌイ島(ウクライナの南西沖にある、面積0・17平方キロメートルの小さな島)での戦闘では、ウクライナ政府筋は13人の国境警備兵がロシア軍への降伏を拒否し玉砕したと発表し、その悲惨さとロシアの残虐性をアピールしました。しかし、通信が途絶し、玉砕の前に警備隊が自ら投降して捕虜になったというのが事実のようです。