脳内補完の力がフル稼働
どういうカラクリなんだか気になって仕方がないので、今では振り絞ってはいけない勇気を振り絞って借りました、会員になって。 800円ぐらいしました。市販されているメーカー品のテープに、手書きのラベルが貼ってあるだけで、まるで友達のコレクションを借りたようなものでした。 なんか凄くいけないことをしてしまったような後ろめたさが拭えないまま、テープをデッキに入れました。
この映画、ユニバーサル映画マークの後に黒み(※)とクレジットタイトルが続きますが、その黒みだけとっても何度ダビングを繰り返せばこんな画質になるのか、ってほど凄まじく悪い画質です。黒が緑色に浮き上がっています。
※真っ黒な画面
それでも間違いなく『E.T.』であることは、これまた凄まじいハムノイズ越しに聞こえてくるジョン・ウィリアムズの静謐なスコアでわかります。黒は浮いて茂みの輪郭は左右に流れて、抽象的なビデオアートみたいな画面の手前に、映画とは違うものが見えます。画面下で不安定に揺れるのは…客席と満員の観客でした。どこかの映画館にビデオカメラを持ち込んで撮影したもののようです。
エリオットの家で兄貴たちが「ダンジョンズ&ドラゴンズ」で遊んでいますが、そのセリフに当てた字幕は中国語でした。そっちの言語圏から流れてきた素材に、これまた酷いジャギーだらけの日本語字幕が焼き込まれています。恐らく家庭用の漢字テロッパーで作られたものでしょう。字幕が出るたびに妙な残像のような帯が覆うのです。テロッパーを介したことで更に画質が悪くなっているようです。
それでも、当時あの映画を見ようと思ったらほかに方法はありませんでした。better than nothing…ないよりはマシですし、あの時代を生き抜いた我々の脳内補完力をもってすれば、どんなに劣悪な画質音質であってもあの物語は劣化しなかったのです。
少年と宇宙人の出会いと別れで涙と感動なんて物語、映画を齧りはじめたクソ生意気な高校2年生であれば鼻白むはずだったのに、むしろ国家的陰謀から遠い星から来た友人を助け出す、どこにでもある郊外の住宅地の少年たちによる冒険譚の拡張版としての側面は、紛れもなくジュヴナイル版の『未知との遭遇』であり、子供の生活圏で起きてもおかしくないSF冒険映画であり、そのクライマックスとして有名すぎて恥ずかしい、自転車が宙へと飛ぶ瞬間に心から感動するのです。 とはいえ映画泥棒はいけません。犯罪です。
文/樋口真嗣
『E.T. 』(1982) E.T. the Extra-Terrestrial 上映時間:1時間55分/アメリカ
製作(共同)・監督:スティーヴン・スピルバーグ
脚本:メリッサ・マシスン
出演:ヘンリー・トーマス、ドリュー・バリモア、ピーター・コヨーテ 他©Allstar/amanaimages
地球にただひとり取り残された異星人を見つけた10歳のエリオット。徐々に心通わせ合い友達になって、大人には内緒で、仲間たちの力を借りて故郷へ戻してやりたいと願うのだが…。
全世界での興行収入も3億ドルという当時の史上最高を記録し、同じくスピルバーグ監督の『ジュラシック・パーク』(1993)が更新するまで10年以上トップを維持した歴史的ヒット作品。
月を背に飛ぶエリオットとE.T.のシルエットは、スピルバーグの製作会社「アンブリン・エンタテインメント」のロゴにもあしらわれており、監督本人にとっても大切な作品であることがうかがえる。