その後16年間も破られなかった洋画の配収記録
そんな中で、現代に続く映画へのアップデートが進んでいく実感を、ガラガラの映画館で受け止めていました。 が、見事な内容が観客にきちんと届いて大ヒットと相成ることもたまにはあるのです。前ページのランキング表で1位に輝いたスティーヴン・スピルバーグ監督の『E.T. the ExtraーTerrestrial』(原題/1982)であります。年間1位というだけではなく、配収96.2億円という数字は、この数十年の間でもブッチギリの1位。
ちなみにそれまでは1976年公開の同じスピルバーグ監督作『ジョーズ』(1975)の50億円が最高。その後はどれも20億から30億の間を推移していて、1978年日本公開の『スター・ウォーズ』(1977)ですら43億と、『ジョーズ』には及ばなかったのです。そのほぼダブルスコアを叩き出した『E.T.』の記録は、1998年の『タイタニック』(1997/配収160億円)まで破られることはありませんでした。
ところが、それがどんな映画なのか、誰も知りませんでした。スピルバーグ監督の映画は必ず、ティザーポスターをシンボリックなアイコンのみで示すだけで、具体的な内容は一切表に出さない戦略をとっていました。 水面下で口を開いて上を泳ぐビキニガールに狙いをつける巨大なサメのイラストの『ジョーズ』然り、地平線へ一直線に続く道の向こうから何かの気配を感じる光だけの『未知との遭遇』(1977)然り。シンプルで力強い構図のポスターは、どれも劇中には登場しないイメージというのも共通していました。
そして『E.T.』では、少年と人ならざる生き物の人差し指同士が互いを差し合い、触れる直前。そして人でない生き物の指先が光っていることで、地球上に存在しない生物であることも示しています。副題というか、そのタイトルが意味する言葉が添えられています。The Extra-Terrestrial…地球以外の(何か)。答えといえば答えですが、事前情報は、これだけです。
今でこそ、そのタイトルロールであるシワクチャで目玉が大きくて首が伸び縮みする異星人は誰もが知るところですが、一切公表しない秘密主義の徹底のおかげで、その姿を初めて目にするときに、観客は主人公のエリオット少年とまったく同じ衝撃を味わうことができたのです。
便利でお節介なネットにすぐさま画像がばら撒かれるような今だったら絶対にできない戦略のおかげ、だけではないと思いますが、年末に公開されたこの映画は空前の大ヒットを記録します。それどころか、本作のビデオソフト化は、この映画は映画館で見てほしいというスピルバーグ本人の意向により長い間実現せず、ビデオが発売されたのは公開から6年後のことでした。
その当時はやっとビデオデッキが普及しはじめて、レンタルビデオなるものもごく一部が書店や家電店に置かれるようになってきたばかりで、まだ映画の興行に深刻な打撃を与える存在になっていませんでした。なにしろその頃のビデオは、映画の公開日と同時発売なんてものもいっぱいあったのです。
そんな中、どうしても見たい!という声なき声に呼応するような商売が、都心のど真ん中、渋谷は宇田川町東急ハンズの向かいに、まだ輸入レコード屋最大手だった頃のタワーレコード本店入り口の柱の裏側でひっそりと営まれておりました。なんとも怪しげなレンタルビデオショップですが、その時期そもそもレンタルビデオショップなんてほかで見たことはありません。
店先のカウンターには古今東西公開された映画、これから公開される映画のタイトルが並んでいるのです。海外では公開されているけど日本公開はまだ、という作品や、国内発売は絶望視されてた幻の邦画とか。まだ映画泥棒という概念がない、おおらかというか無法がまかり通っていた時代ならでは、なんですが、そこのラインナップにはあるわけですよ。絶対発売されないとされていた『E.T.』が!