残酷な恐怖表現が花開いた2年間

もはや怖いかどうかとかではなく、ひたすら気持ち悪い描写です。それだけで許してはくれません。小さな発疹だったのに掻きむしるもんだから傷口がどんどん広がり、頬や鼻はどんどんむしり取られていきます。何がそうさせるのか、理由も意味も分かりませんが、自らの手で顔をグチャグチャにしちゃうのです、何かに取り憑かれたように——! 取り返しのつかない事態にやっと気づいた若い学者は声にならない叫びをあげ——何しろ口や舌ももうぐちゃぐちゃ…食べかけのローストチキンのような…両手で顔を覆うと、何事もなかったように元通りになりました。

欲望みなぎる高2男子の樋口真嗣を魅了したのは、1982年あたりのSF&ホラーを彩った、ザクロのように割れて咲き乱れる脳漿や肉片の恐怖表現だった!【『ポルターガイスト』】_3
ラストまで気持ち悪い描写が続く『ポルターガイスト』
©Album/アフロ
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そんなダミーヘッドを手がけたのは折しも『E.T.』のクリーチャーショップで塗装を担当し、後に『ザ・ゲート』(1987)『ドリームスケープ』(1984)『エイリアンネイション』(1988)で活躍することになるクレイグ・リアドン。 映画の物語として絶対不可欠とは思えない枝葉の描写なんですが、その異常さは映画の魅力を歪めるほどのパワーを持っています。人間離れした容姿のヴィランの手下どもやゾンビたちではなく、人間の顔面が突然物理的にどうかなっちゃうインパクトと興奮——この『ポルターガイスト』という映画を象徴すると個人的に思うこのカット、プロデューサーだったスピルバーグが監督を差し置いて撮った——しかもダミーを掻きむしる手はスピルバーグ本人が演じたとまことしやかに伝わってきました。

その事態が一体どういう意味を持つのか、当時の高校生には想像もつかなかったけれども、その後、二度とスピルバーグとフーパーは一緒に映画を作ることはありませんでした。 それでも、『未知との遭遇』『E.T.』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)といった大都市郊外の新興住宅地を舞台にしたファンタジックなSFは、ティム・バートンの映画や『ストレンジャー・シングス 未知の世界』(2016~)に受け継がれて現在まで作られ続けているのです。

ただし、あの顔面破壊という衝動的な暴力の直接描写を始めとする一般映画に介入する残酷表現は、2年後に同じスピルバーグ監督/制作で公開された『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』(1984)や『グレムリン』(同)で問題視され、新たに制定された“PG-13”※というカテゴリーによって線引きされることになります。
※Parental Guidance Cautioned-13 13歳未満の映画鑑賞には保護者の強い同意が必要という、レーティングの1種

もっとも、今公開されているマーベルのコミックヒーローものもPG-13ですので、とりたてて厳しい検閲を受けているわけでもないんですけど、あのわずか2年の間に、ザクロのように割れて咲き乱れた脳漿や肉片たちに彩られた衝撃はすっかり鳴りをひそめてしまいました。でもその祭りのフィナーレを飾る映画が、この1982年の年の瀬に公開されるのです。

『ポルターガイスト』(1982)Poltergeist 上映時間:1時間54分/アメリカ
製作・共同脚本:スティーヴン・スピルバーグ
監督:トビー・フーパー
出演:クレイグ・T・ネルソン、ジョーベス・ウィリアムズ他

欲望みなぎる高2男子の樋口真嗣を魅了したのは、1982年あたりのSF&ホラーを彩った、ザクロのように割れて咲き乱れる脳漿や肉片の恐怖表現だった!【『ポルターガイスト』】_4

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郊外に暮らす、両親と子供3人の平凡な一家。あるとき、家の中のものがひとりでに動くなどの不思議な現象に見舞われ、やがてそれはエスカレート、ついには幼い末娘が姿を消し…。物体の移動や音や光の発生などを意味する、“ポルターガイスト現象”を世間に知らしめた大ヒット恐怖映画。徐々に悪質に恐ろしくなっていくその描写が、当時最高の技術で表現され、幸せな家族が受難するだけに恐怖もひとしお。