とてつもなく素晴らしいセンス
どうしたハリソン・フォードだぞ! 最高品質のSFカーアクションだぞ! どうして誰も観にきてないのか? みんな観にこないぐらいつまらない映画だったのか? もしかして俺はとんでもない間違い見込み違いを犯したのか?
不安に駆られるうちに始まった映画は、そんな心配を吹き飛ばすほどの内容でした。というか、すごくないか? 今まで見てきた未来の都市とは違う、積み重なった歴史と退廃が入り混じって悪夢のようでありながら眩惑される、2019年のロサンゼルス。警察車両はどういう理屈かわからないけど空を飛ぶことが許され、増築に次ぐ増築で高層化したビルの谷間を飛び交う。
デザインは言わずと知れたシド・ミードだけど、まだこの映画が公開された段階で知る人はごくわずか。ビルボードやネオンは多言語で溢れ、特にヘンテコな日本語が目立つ。「お手持ちの烏口」「基礎の充実の上に」などと書かれた巨大なネオンが目抜通りにそびえ、芸者と思しき白塗りの東洋人女性が登場する「強力わかもと」のCMが、街の上空を飛ぶ飛行船に映し出される。
効果音とも音楽ともつかぬアンビエントなサウンドは、『エイリアン』のノストロモ号船内を継承するもので、そこにヴァンゲリスの哀切なシンセサイザーが奏でるエレジーが上乗せされる。孤独な元刑事の賞金稼ぎとその標的の人造人間たち。人造人間もいわゆる機械仕掛けのロボットではない、もっとケミカルに合成されたシリコン製の部品の集合体は限りなく人間に近い———これも『エイリアン』のアンドロイド・アッシュの発展系だ。
劇中では“レプリカント”と呼ばれる、彼ら人造人間を殺すための武器がブラスターだ。原型を留めぬほどに改造されたフォルム。どういう理屈かわかんないけど引金が二連になっていて、前年の『レイダース』あたりから始まった、凄まじく誇張した銃声のドルビー・ステレオがめちゃくちゃかっこいい。テレビスポットから期待していたド派手なアクション映画ではなかったけどそんな浅はかな期待を上回る、とてつもなく素晴らしいセンスで全てが覆い尽くされている映画だった。
というよりも、これが映画だ、ということに電撃に近いショックを受け、打ちのめされた。それまでの『スター・ウォーズ』やスピルバーグの映画のようなファストフードが俺たちの心に刺さってきたけど、この映画では、そんな子供向けじゃない、大人が嗜む苦み走ったコーヒーやシガーのような滋味を初めて知ったのです。大事件です。歴史に刻まれるべき革命です。 なのにこの2000人は入ろうかという新宿ミラノ座には、わずか数十人しか入っていないではありませんか公開2週目の日曜日の真っ昼間だというのに!
『ブレードランナー』(1982) Blade Runner 上映時間:1時間57分 アメリカ
監督:リドリー・スコット
原作:フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(ハヤカワ文庫刊)
出演:ハリソン・フォード、ルトガー・ハウアー、ショーン・ヤング他©Allstar/amanaimages ©WARNER BROS.
酸性雨ふりしきる近未来のLA。逃亡した使役アンドロイド=レプリカントを追う“ブレードランナー”を引退したデッカード(フォード)は、現場に呼び戻され、人間を殺した凶悪な4体を追う任務を帯びるが…。
クール極まる音楽とデザイン、ハイテクノロジーとスラムの混交した未来像、スタイリッシュなアクションといった映像体験のうちに、人とは、命とは何かといったテーマが配された傑作SF映画。
2017年には、30年後を描く『ブレードランナー2049』が、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督、ライアン・ゴズリング主演で製作された。