本宮作品歴史マンガの懐の深さ

漫画家・本宮ひろ志氏が『遠い島影』でデビューしたのは1965年。当時の日本は高度経済成長時代の真っただ中で、前年の1964年に東京オリンピックが開催。その好景気の余韻が漂っていた時期だ。以来、半世紀以上、本宮氏のマンガは何度もブームを巻き起こし、読んだ人の人生に大きな影響を与えてきた。

その数々の作品の中でも、あなたの一番好きな本宮作品の歴史マンガは何ですか!?

どれかを選ぶなんてとてもムリ。人それぞれのベストがあるのは承知の上だが、この記事では「本宮作品歴史マンガ編」として、あらためてふり返りたいと思います。

本宮氏は、初期から歴史マンガに挑んでおり、初の連載にしてアニメ化もされた大ヒット作『男一匹ガキ大将』(1968)の次作が、『武蔵』(1972)だった。あの剣豪の宮本武蔵だ。武蔵は戦国時代の終わり、江戸時代初期の人だが、本宮氏は幕末や明治、そして昭和まで、さまざまな時代のさまざまな人を取り上げてきた。

漫画家・本宮ひろ志のベスト歴史マンガを探る_01

しかし「本宮作品歴史マンガ」というと、まず中国史を描いた作品を思い浮かべる人が多いのではないだろうか? 

そう、『赤龍王』(1986)。始皇帝が没し、秦帝国が滅びゆく中の、項羽と劉邦の戦い・楚漢(そかん)争覇。を描いた作品だ。中国史はやはりスケールが大きい。項羽という人は、「自分の懐に飛び込んできた人は殺せない」という純真なところがあるが、抵抗した都市の住民を何十万人も埋めてしまうような残虐なところもある。日本であれば一向一揆を焼き討ちした織田信長でさえも、そこまではやっていない。

漫画家・本宮ひろ志のベスト歴史マンガを探る_02

もうひとつ、漢帝国の太祖となった劉邦は、もともと沛県のならず者だった。項羽のように個人としての戦闘力はないし、指揮官としてもイマイチ。吏才などは最初から持ってないし、政治家としてヴィジョンがあるわけでもない。

いわばカラッポな人間なのだが、その「空虚」の器がなんともでかい。でかいゆえにどんな人も自分の夢を彼に託してしまう。だから、あの范増(はんぞう)を使いこなすことができなかった項羽に対して、劉邦のもとには盧綰(ろわん)のような政治家や張良のような名軍師など、とにかく人材が集まった。

日本でいえば足利尊氏タイプかと思うが、尊氏は名門出身。そもそも日本では血統が重視されるので、劉邦のように庶民からトップに上り詰めた人は、豊臣秀吉か、あるいは昭和の田中角栄ぐらいか。

本宮氏の『赤龍王』はそうした、見たことのない英雄の姿を日本の若者たちに見せてくれた。今でも劉邦や項羽というと、本宮氏の絵柄で顔が浮かぶ人は多いだろう。筆者などは黥布(げいふ)もそうだ。