新宿から川越まで自転車で爆走したふたり
一条先生の新刊エッセイ『不倫、それは峠の茶屋に似ている たるんだ心に一喝!! 一条ゆかりの金言集』には、描き下ろしショート漫画『その後の有閑倶楽部』も収録されています。
一条 実は私、『有閑倶楽部』の続きを描くときに、弓月ちゃんに電話で相談しようと思っていたの。魅録(みろく/メインキャラのひとりでメカならなんでもござれの硬派男子)が高校を卒業した後、NASAやJAXA、GAFAとかで進路を迷うシーンがあるんだけど、ひとりで考えるのがなかなか大変だったから。最近、そういう話してなかったしね。
弓月 昔はそんな話ばかりしたよなあ。
一条 新谷かおるとか聖悠紀※とか弓月ちゃんとか、私の周りには男の友人ばっかりいて、中でも弓月ちゃんは私の“メカ班”でした。東京に出てきたての頃、6畳一間の家賃7000円のアパートに住んでいたんですけど、小さいオーディオが欲しいと思って。弓月ちゃんを誘って秋葉原に行ったら、ビルの最上階の立派なオーディオコーナーに連れて行かれて「どれが好き?」って聞かれたんです。買うのと好きなのは違うから、見た目が美しいものを指差したら「うんうん、割といいよ、それ。じゃあ、それにしよう」って。値段を聞いたら80万円。金縛りにあったような気持ちになりました。
※共に人気漫画家。新谷は『エリア88』(小学館)などメカ描写に定評があり、聖は『超人ロック』(少年画報社他)などのSF作品で知られる。
弓月 確かSANSUIだったな。
一条 いつもこのパターンなんです。「安いじゃん。俺のなんか◯百万だ」なんて言うから、「そうなんだ、安いんだ」って(笑)。ママチャリが欲しいと思って相談したときもそう。一緒に買いに行ったら、20万円もするドロップハンドルのプジョーの自転車を買う羽目になりました。しかも荷物を入れるカゴも何もついていないの! 新宿で自転車を買ってから、「じゃあうちに行こうか。ちょっと走ってみたほうがいいから」って言って、弓月ちゃんが当時住んでいた埼玉県の川越までふたりで自転車で行くことになったんです。中野あたりで死にそうになって「帰りたいよー」って行ったら、「早く来いよ」って、ピューッと行っちゃう。やっと着いたときには、弓月ちゃんの奥さんが「大変だったねー」って笑ってました。
弓月 25歳くらいのときかな。あの頃、俺は1日100km漕いでいたくらい自転車が好きだったからね。川越から神保町の集英社までしょっちゅう走って行き来してました。東京に出てきて自転車に乗るようになったきっかけは、上野の横尾双輪館というお店。そこでデローザっていうイタリアのレース用の自転車を買ったんです。当時36万円くらいしたかな。
一条 そう。だから20万円のプジョーは安いんだって言うんです。オタクの帝王みたいな人でしたね。こんな話はたくさんあるけど、きっと弓月ちゃんの思考についていけた女は、私くらいだったわね。