なるべく若い子の邪魔せんように
澤田久子は94歳で死んだ。愛称「ひいちゃん」。私の母。「この家で死にたいわあ」が口癖だった。晩年はもちろん、80代のときも、なんなら70代も。
明日にも死にそうな口ぶりだったが、誰がどう見てもまあ元気で、豆大福の二個目に手を伸ばしそうなおばあちゃんに「今そんなん言われてもなー」というのが私の毎度の反応だった。
夫も実母もずっと前に亡くし、息子二人も家を離れたまま。田舎の古い家を護るように一人で暮らす人。
若い子は若い子の人生があるし、なるべく邪魔せんように残りは生きていきたいなあと思てる。けどやっぱりお世話にならんとねえ。生きてくこともなかなか難しいてねえ、じゃあ言うて、あとどういうふうに残りをしようかなあとなっても、施設? ……
施設もねえ。いろんな問題もあるみたいやし、じゃあ言うてここに一人で暮らしてても、だんだんと身体も弱ってくるし、どうしょうかなあ? とこれが私の問題です。(91歳のときの久子談)
「この家で死にたい」
それは、母によらず、まあ70を超えれば誰もが思いあぐねることだろう。80を迎えると切実さは増してくる。90が近づくといよいよ……。
どこで、どう死ぬか? 残念ながら、そうそう思い通りにならないこともみんな知っている。だが覚悟はできない。準備もどうしてよいのやら。













