「金太郎、過去に出会う。」(集英社文庫・コミック版1巻収録)

最愛の彼女が受けた性被害

大切な人が深く傷つき、心を閉ざしてしまったとき、あなたならどうするだろうか。

警察庁の統計によれば、性犯罪の認知件数は毎年数千件規模にのぼる。さらに、数字に表れない被害はその何倍もあるといわれている。問題は事件そのものだけではない。その後だ。被害者はPTSDや抑うつ状態に陥り、以前の自分に戻れなくなることも少なくない。

実は、主人公・矢島金太郎の妻・明美も、性被害を経験している。暴走族時代に出会い、やがて恋に落ちた二人。目が不自由な明美との恋に、金太郎の仲間たちは最初こそ戸惑ったが、彼女の明るさに触れ、金太郎の選択を祝福するようになった。

だがほどなくして、明美は強姦された。その後、明美は手首を切って自殺しようとする。命は助かったが、明美の明るさはすっかり消え、“心が死んだ”状態になってしまったのだ。

最愛の女性の惨劇。医学上や心理学上では、様々な処置方法はあるだろうが、それで回復できるとは限らない。人の心とはそんな簡単なものではない。

金太郎の選んだやり方は、明美を自分のバイクの後ろに乗せて、東京中を大暴走することだった。絶望の淵にいる明美に、「くさったツラしてんじゃねえよォ! 俺の後ろに乗れっ!」と厳しい声をかける。

彼は八州連合を総動員し、東京を駆け抜けることにした。常識で考えれば、間違っている。暴走行為が誰かを救うとは思えない。それでも金太郎は、自分にできる最大の表現で、彼女の“心”を揺さぶろうとした。

大切な人が深く傷ついたとき、理屈は役に立たない。ただ、どれだけ本気で向き合えるかを金太郎は示してくれた。

『サラリーマン金太郎』第10話は、金太郎の荒々しさの裏にある、一途で不器用な愛を描く一編だ。