『神になりたかった男』と『神と出会った男』
──本書のエピローグで徳田虎雄は『神になりたかった男』中村哲は『神と出会った男』という、お二人を対比のする面白い表現がありました。
徳田さんは、「お釈迦さんやキリストさんは、人の心を救おうとしてお寺や教会をつくった。おれは医者だから身も心も救う病院をつくる。お釈迦さんやキリストさんは杖をついて馬に乗って歩いた。いまはジェット機の時代だから、おれは1万倍の行動ができる」と嘯きました。本人が神になりたかったのです。
一方で、中村さんは〈私は、私の中に美しく輝く白峰は、また全ての人々にもその輝きをはなつことを信じて、これを仰ぎみるのみであります〉と親友への私信に書いてパキスタンへ旅立ちました。この「白峰」は、登山隊に同行して眺めたヒンズークシュ山脈の最高峰、ティリチミール(標高7708メートル)です。そこに神を仮託しているんですね。
やがて、アフガニスタンでの灌漑事業などを経て、神の普遍性に触れ、神と出会って事業を成し遂げたと私はとらえています。
──中村さんは晩年まで、毎年、一時帰国するたびに、人間ドックを福岡徳洲会病院で受けていたというのも印象的でした。
そうですね。〈大海原を航海してきた船が母港に戻るように〉と私は書きましたが、中村さんは徳洲会とのつながりを個人的には断ちませんでした。徳洲会から資金面で支援を受けたのは1990年代前半まででしたが、2010年には徳洲会の病院長たちを集めた経営会議の場で講演をしています。徳田さんは、すでにALS(筋萎縮側索硬化症)を発症し、全身不随の状態でしたが、中村さんは「生命だけは平等だ」という徳田さんの理念を褒めている。
その後、徳洲会は選挙違反事件を起こし、「政治とカネ」の醜聞にまみれて世間の指弾を受けました。当然、中村さんの周りの人たちは徳洲会と距離を置いたでしょうが、ご本人の福岡徳洲会病院への診療面での信頼は揺らがなかった。総合医の力量を身につけようと研修を受けた病院に、最後まで、ご自身の健康を委ねていたのですからね。義理人情だけでは、そこまでしないでしょう。
取材・文/集英社学芸編集部













