勝敗を分けた麻生太郎の決断
それでも2025年の自民党総裁選では、政治評論家を含めた多くのマスコミが小泉有利と見ていた。1回目の投票時点でも、女性宰相誕生を予言した声はほとんどなかった。
選挙期間は9月22日の告示から投票日の10月4日までの12日間だ。9月12日から27日までの15日間だった前年の総裁選と同程度に見えるが、前回はすでに7月26日に選挙管理委員会が発足し、党内が選挙態勢に入っていたので、事実上の選挙期間は2カ月近くあった。
25年の総裁選の決勝戦は小泉と石破が入れ替わっただけの高市対小泉の一騎打ちであり、文字通りの短期決戦だった。
さすがにこの時点では誰もが1回目の投票で決まるとは考えていないようだった。繰り返すまでもなく小泉有利の下馬評の根拠は、決選投票時の党員票が都道府県連の47しかないため、295の議員票が決め手となるからだ。
先述したように決選投票になれば、旧岸田派やそこに連なる林、自らの派閥を率いてきた茂木、旧安倍派を中心に若手グループを束ねた小林といった各陣営の評がいっせいに小泉に流れると予想された。
事実、小林陣営のある代議士は選挙戦の終盤までこう話していた。
「9人も乱立した前回に比べて今回は5人に絞られたけれど、今回も決選投票は免れない。そうなれば、うちは小泉に入れると決まった」
改めて総裁選の票読みをすると、295の議員票プラス47の党員票の合計342議席のうち過半数である172議席を獲得すれば、総裁の椅子が転がり込んでくる。
小泉陣営は1回目の80に92の議席が加われば過半数に手が届き、高市陣営の1回目獲得票は64なので過半数には108議席が必要になる。単純計算しただけなら、小泉陣営には16議席のアドバンテージがあった。
おまけに1年前の総裁選では旧岸田派の票が石破に流れており、小泉陣営はそこも見込んだ。林票も高市には向かないと考えられており、高市は不利な状況に変わりなかった。
そんななか現存する麻生派は衆院解散(26年1月)前に衆参43の議席を抱えていた。仮に小泉陣営に上乗せされれば、それだけで123に達する。小泉は47の党員票を含め、あと49をかき集めればいいわけである。
逆に高市陣営は47都道府県の党員票のうち40を制しても議員票で68議席を獲得しなければならない。現実には36票しか取れていない。
実のところ、勝ち馬に乗らなければ政治生命の危うい麻生太郎も総裁選当初、「決選投票は小泉」という方針だった。政界通が明かす。
「麻生は小泉に入れるのは気が進まないけれど、背に腹は代えられずやむを得ないと考えていたはずです。今回は表向き派閥議員に対し自主投票という形をとって、1回目の投票は麻生派の40票あまりの票が分散していた。
わけても茂木と小林の陣営に票を貸し出し、1回目の投票で体裁を整えさせて両陣営に恩を売っている。だから小林も1回目に5人の候補者中4位に入れたのですが、決選投票では貸し出した票を返せ、といえる」
決選投票のキャスティングボードを握れるわけだ。小林は1回目の投票で推薦人20議席から2人上乗せして44議席をとり、茂木の獲得議席は合計34と振るわなかったが、それらの票がどううごくか、である。
「党員票は世論を反映している。したがってわが派は決選投票で党員票でトップになった候補者を推してはどうか」
麻生派内でそんな声があがったのは、投票日前日の10月3日である。党員票の獲得順位という判断基準は、一見すると正論に思える。だが、その実、高市に票を入れるのと同義だ。麻生派はこの日の夜に会議を開いて高市推しの方針を決めた。麻生派幹部が話した。
「かなり危険な賭けの勝負ではありましたが、大義名分が立てば勝てると判断したのでしょう。麻生さんが高市を買っているわけではありません。ただ、茂木さんや小林さんに貸し出している派閥の票を高市にまわせば勝てると考えたのです」
他の旧派閥に麻生派の方針を伝えていった。しかし、当の小泉陣営ではこの動きにまったく気づいていない。同じ10月3日夜、赤坂の議員宿舎には木原誠二をはじめとした小泉陣営の幹部議員が集い祝勝会まで開いている。
そうして1回目の投票を終え、石破票の受け皿になるどころか小泉の党員票は84と高市の119に遠くおよばず、議員票では80しかとれなかった。当人はさぞかしショックを受けたに違いない。せめて議員票で100票あれば勝ち馬に乗ろうとする議員がいたかもしれないが、あまりに少なかった。
小泉は顔色なく、最後の演説も上の空だった。現実の決選投票を振り返ると、議員票は高市の149に対し、小泉は145、党員票は高市36に対し、小泉が11なので、185対156で高市が圧勝した。このなかで注目すべきが議員票で、高市は64から85議席も上乗せされているのだ。この流れをつくったのが、麻生太郎にほかならない。
小泉進次郎はなぜ高市早苗に敗れたのか。
「政策ひとつ語れない軽薄な人物に国の舵取りを任せられない」という国会議員の意識が働いた結果、あるいは「強いリーダーを求め保守支持層を固めた女性宰相への期待」ともいわれる。そのどちらも正しい気がするが、それだけではない。(敬称略)
文/森功













