「金太郎、着任する。」(集英社文庫・コミック版3巻収録)

黒川社長の貴重なジェラシー顔

『サラリーマン金太郎』第28話は、思わぬ角度から読者をざわつかせる一編だ。

駅のホームで、金太郎を見送る美鈴。その姿を見つめる黒川社長の様子が、どこかおかしい。

「まことに恐れ入りますが、あなたは銀座『ジャルダン』のママでは……?」
「矢島とはどっ……どういう関係でしょうか?」

普段は隙のなくどっしりしている黒川が、どこか落ち着かない。これに美鈴はさらりと答える。

「恋人同士ですの」

その瞬間、黒川は絶望した。社員が運転する車に乗り込んでからも、黒川の動揺は収まらない。明らかに不機嫌で、どこか不貞腐れた様子だ。あの沈着冷静で、会社を背負う大黒柱、超堅物の黒川社長が、完全に取り乱している。まるで少年のように。

ついには拳をぎゅっと握りしめ、「どうして金太郎なんじゃあ~っ」と叫び、涙までにじませる始末。

実は黒川は以前から、美鈴のことを想い続けていたという。

この場面は単なるコメディでは終わらない。

黒川がここまで動揺する理由は、「銀座のママ」という存在の特別さにある。

90年代までの日本社会において、銀座のクラブのママは単なる水商売の女性ではなかった。政財界の人間が足繁く通い、経営者が本音を漏らし、裏の情報が行き交う場所。その中心に立つのがママだった。いわば、夜の社交界のキーパーソンである。

ドラマや小説でも、クラブのママはしばしば“高嶺の花”として描かれてきた。金だけでは当然落ちない。肩書きがあるだけでも足りない。必要なのは、男としての器、胆力、余裕――いわば「格」だ。

90年代の価値観では、「銀座のママを射止める男」は一流の証のように扱われることさえあった。

だからこそ黒川ほどの男でも、美鈴にほれ込む。そして、その美鈴が選んだのが、新人サラリーマンの金太郎だったという事実に、ジェラシーを爆発させる。

経営者としての経験も実績もある自分ではなく、肩書きも地位もない若造が選ばれた。その現実は、男としてこれ以上なく悔しい。

だが同時に、それは金太郎という男の“格”を証明する瞬間でもある。

黒川社長の貴重なジェラシー顔を見たい人は、ぜひ第28話を読んでほしい。普段は見せない、人間味あふれる一面が、そこにはある。