粗品の「詳細」なアドバイスにうなる視聴者たち
「3つ」「1分45秒」といった数字を挙げ、視聴者が聞き流しがちな具体的なフレーズを拾う。細部に踏み込む「詳細」なコメントは、曖昧な印象論に流れがちな他の審査員と比べ、精度の高さが際立つ。
もちろん、「詳細」であることと「的確」であることは必ずしも一致しない。私たちは具体性を正確さと錯覚しやすい。粗品の「詳細」なコメントはどこまで「的確」なものなのか。その点はお笑いの「プロ」の判断に委ねるしかないが、いずれにせよ、粗品の「詳細」なコメントは、一般の視聴者に「的確」と感じさせる効果をもっている。
粗品の視線と言葉の解像度の高さ。粗品は講評のなかでネタの改善案を示す場合があるが、このような解像度の高さに支えられ、改善案も詳細かつ具体的に示される。
ただの「辛辣」な評価に終わらず、評価対象の漫才師の持ち味を浮き彫りにし、より良くするための提案を添えるバランスも、粗品の審査の特徴だ。ある意味で、メンター的な役割も担っている。
一方で、変化も感じた。今回、粗品の審査コメントは比較的短い。もっとも長かったのが生姜猫に対するコメントで約1分50秒、短かったぎょうぶで約40秒。1分程度のコメントが多かった。言葉もややマイルドになった。
賞レースの主役はあくまでも出場者。『THE W』のような「粗品劇場」になることを避ける意識が働いたのかもしれない。
加えて、個人的に今回印象に残ったのは、賞レースの「環境」への言及だ。たとえば、タチマチに対して、自分は気にならないとは言いつつ、「大喜利千本ノック形式でやると、たとえば漫才としての構成どうやねんみたいに言うてくる方もいる」と指摘。
ボケを大喜利のように羅列する形だと、その点を突いて漫才としての評価を下げる審査員も出てくる、という指摘だ。



















